ウェブ進化論(梅田望夫)

『ウェブ進化論』 梅田望夫 ちくま新書 2006年2月
 
 
 
 

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(インターネットの)これから始まる「本当の大衆化」は、着実な技術革新を伴いながら、長い時間をかけて緩やかに起こる。短兵急ではない本質的な変化だからこそ逆に、ゆっくりとだが着実に社会を変えていく。「気づいたときには色々なことがもう大きく変わっていた」と振り返ることになるだろう。
 

2、3ヶ月に1度のペースで日本に行き、顧客企業の幹部と最先端動向について議論するということを繰り返して、もう10年以上が過ぎた。その仕事において目に見えない変化が訪れたのは2003年末頃だっただろうか。
 

ほんの一部の人を除き、その頃から、私の問題提起に対しての反応が明らかに鈍くなった。「ネットの世界に住まない」人々に最先端の話をするために要するエネルギーは回を追うごとに増すばかりなのに、議論してもそこから何かが生まれる感じがしなくなった。隔靴掻痒の感はどんどん大きくなっている。

・隔靴掻痒(かっかそうよう) 痒いところに手が届かないように、はがゆくもどかしいこと 
 
 
 
 

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オープンソースの本質とは、「何か新しい知的資産の種がネットに無償で公開されると、世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結びつくことがある」、ということ。
 

「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題(たとえそれがどんな難題であれ)に関する情報が共有されるだけで、その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。
 

「インターネット」と「チープ革命」、それにこの「オープンソース」を加え、本書では「次の10年への三大潮流」と定義したい。この三大潮流は相乗効果を起こし、間違いなく次の10年を大きく変える。
 

慣れ親しんだ仕事の仕方を変えずにいると、年を経るごとに、少しずつ苦しくなっていく。しかし三大潮流に抗するのではなく、その流れに乗ってしまったらどうだろう。その流れが行きつく先を正確に予想することはできないが、流れに身を任せた知的冒険は、きっと面白い冒険になるだろう。
 
 
 
 

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「インターネット」「チープ革命」「オープンソース」という「次の10年への三大潮流」が相乗効果を起こし、そのインパクトがある閾値を超えた結果、リアル世界では絶対成立し得ない「三大法則」とも言うべき新しいルールに基づき、ネット世界は発展を始めた。
 

第一法則 神の視点からの世界理解。
検索エンジン提供者は、世界中のウェブサイトに「何が書かれているのか」ということを「全体を俯瞰した視点」で理解し、さらに、世界中の不特定多数無限大の人々が「いま何を知りたがっているのか」ということも「全体を俯瞰した視点」で理解できる。
 

第二法則 ネット上に作った人間の分身がカネを稼いでくれる新しい経済圏。
ネット上に自分の分身(ウェブサイト)を作ると、自分が働き、遊び、寝る間もその分身が稼いでくれる。共働き(ダブル・インカム)はあたり前、加えてそれぞれの分身がネット上で稼ぐクアドラブル・インカムの時代がくるかもしれない。
 

第三法則 消えて失われていったはずの価値の集積。
おカネであれば1円以下の端数、時間なら数秒といった、放っておけば消えて失われていったはずの価値を「不特定多数無限大」ぶん集積しようという考えかたである。その自動集積がほぼゼロコストでできれば、「Something」になる。
 
 
 
 

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「グーグルは検索エンジンの会社」というのが一般的なグーグルの理解であるが、実際にグーグルが行っているのは、知の世界の秩序を再編成することだ。すべての言語におけるすべての組み合わせに対して、それらに「最も適した情報」を対応させること。それが検索エンジンの仕事だ。
 

では、すべての言語におけるすべての組み合わせに対する「最も適した情報」とは、どういう基準で順位付けが決定されるべきなのか。グーグルはそこに「ウェブ上での民主主義」を導入したと宣言する。
 

「世界中に散在し日々増殖する無数のウェブサイトが、ある知についてどう評価するか」というたった一つの基準でグーグルはすべての知を再編成しようとする。ウェブサイト相互に張り巡らされるリンクの関係を分析する仕組みが、グーグルの生命線たるページランク・アルゴリズムなのである。
 
 
 
 

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グーグルを考える上で押さえておかなければならない基本がある。それはネットの「こちら側」と「あちら側」の違いについてである。技術進化の大きな流れとして、ネットの「こちら側」から「あちら側」へのパワーシフトがこれから確実に起きてくるのだ。
 

グーグル、アマゾン、eベイ、ヤフーといったネット企業群による「あちら側」のイノベーションは、手作り感のある「こちら側」と違って目にみえない。しかし、米国ではコンピュータ・サイエンスのトップクラスの連中は皆、その才能の活かし所を「あちら側」での情報発電所の構築と見定めた。
 

この1、2年「IT産業における日米の関心が明らかに違うを方向を向いた」と感ずることが多くなった。日本が「こちら側」に、米国が「あちら側」に没頭しているからだ。日本の「あちら側」への認識は今のところ、「こちら側」にイノベーションを起こすために必要な仕掛けという程度である。
 

「こちら側」のモノは、誰でもいいから中国で作って世界に安く供給してくれればいい、というのが米国が描く将来像だ。一方、モノづくりの強みの発揮に専心し、そこにしか行き場所がないと自己規定するあまりに「こちら側」に没頭しているのが、現在の日本IT産業の姿ともいえる。
 
 
 
 

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Web2.0 の本質とは何なのか。「ネット上の不特定多数の人や企業を、受動的なサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」がその本質だと私は考えている。
 

グーグルのエリック・シュミットはロングテール追求の意味を「厖大な数の、それぞれにはとても小さいマーケットが急成長しており、その市場がグーグルのターゲットだ。グーグルは膨大な数のスモールビジネスと個人がカネを稼げるインフラを用意して、ロングテール市場を追求する」と言う。
 

2005年末段階において、日本のネット列強たるヤフー・ジャパンと楽天は、Web2.0 の開放性をサービスに導入していく気配がほとんどない。自らが開発した島を開放的空間にする気はなく、相変わらず孤島の魅力を競い合うことがネット事業だと考えている。そのことが日本のウェブ全体の進化・発展を阻害している。
 
 
 
 

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米国は、二極化された上側が肉声で語り出すことでブログ空間が引っ張られるのに対して、日本は、オープン・カルチャーが根づき始めている若い世代と、教養ある中間層の参入が、総体としてのブログ空間を豊かに潤していくのではないだろうか。
 

文章、写真、語り、音楽、絵画、映像・・。私たち一人ひとりにとっての表現行為の可能性はこんな順序で広がっていく。それが総表現社会である。ブログとは、そんな未来への序章を示すものである。
 

たとえば、「ブログとは「世の中で起きている事象に目を凝らし、耳を澄ませ、意味づけて伝える」というジャーナリズムの本質的機能を実現する仕組みが、すべての人々に開放されたもの」に他ならないではないかと自問するとき、新聞記者たちの内心は穏やかではいられない。

そういう心理はごく自然なものだ。
 
 
 
 

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大企業に属する人たちの多くは、個としての情報がネット上に流れることを嫌いがちだ。個人情報をさらせば組織内で無用な詮索をされるケースもあるし、大組織の看板で仕事をしている場合には、個としての存在感を、外に出す必要がそもそもない。しかし日本も大きく変化している。
 

雇用流動性が高くなったということは、「内向きの論理」だけでは生きていけず、組織に属しながらも、外を常に意識しなければならないのが当たり前になるということだ。その意味でも、個の信用創造装置、舞台装置としてのブログの意味合いは、今後ますます大きくなる。
 

「実際ブログを書くという行為は、恐ろしい勢いで自分を成長させる。(略)ブログを通じて自分が学習した最大のことは、自分がお金に変換できない情報やアイデアはため込むよりも無料放出することで、大きな利益を得られる、ということに尽きると思う」。
「知的生産性のツールとしてのブログ」fladdict.net より
 

情報は囲い込むべきものという発想に凝り固まった人には受容しにくい考え方でる。しかし、長くブログを書き続けるという経験を持つ人たちには、実感を伴って共感できる内容に違いない。ブログで、知的成長の過程を公開することで、その人を取り巻く個と個の信頼関係が気づかれていくのである。
 
 
 
 

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サンタフェ研究所のブライアン・アーサーは、鉄道革命のケースでは、メディアが書き立てたのが1836年、バブル崩壊は1847年に訪れたという。そして人々はその技術はもう終わったと考える。新聞は興味を失い、技術はその魅力を放たなくなる。
 

でも面白いことに、それから10年、20年、30年という長い時間をかけて「大規模な構築ステージ」に入っていく。鉄道の場合は、バブル崩壊後の1860年から1900年にかけて、鉄道路線は3万マイルから30万マイルへと伸びたが、その結果起こったのは大きな経済の転換であった。
 

鉄道は米国の東部経済と西武経済を連結し、規模の経済を伴うより大きな経済圏が出来上がった。1860年当時、世界経済の辺境であった米国が、その40年後には鉄道のもたらした経済の変質ゆえに、世界最大の経済圏に躍り出る。その土台の上に。大量生産革命を最高させて、米国の時代が訪れた。
 

ノーベル物理学賞を受賞したファインマン教授は、ニュートン力学を学んできた学生に、量子力学で取り扱う対象を「これまで見たことのある何もの似ていない」と肝に銘じて丸ごと理解しなければいけない、ニュートン力学からのアナロジーで理解しようとしてはならない、と強く釘を指している。
 
 
 
 

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