『エッセンシャル思考 最小の時間で成果を最大にする』グレッグ・マキューン 高橋璃子(訳) 2014年11月 株式会社かんき出版
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「何もかもやらなくては」という考え方をやめて、断ることを覚えたとき、本当に重要な仕事をやりとげることが可能になる。
私たちはこれまでになく多くの選択肢を持つことになり、その数に圧倒されている。何が大事で何がそうでないかを見分けられなくなっている。心理学で「決断疲れ」と呼ばれる状態だ。選択の機会が増え過ぎると、人は決断ができなくなるのだ。
エッセンシャル思考とは、「より少なく、しかしより良く」を貫く生き方だ。それは未来へ向かうイノベーションである。
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人にも学習性無力感はある。たとえば算数の初歩でつまずき、どうやっても解けない問題に苦しんだ子供は、算数を理解しようとする努力を投げ出してしまう。何をしても無駄だと思い込むからだ。
選ぶことを忘れた人は無力感にとらわれる。だんだん自分の意思がなくなり、他人の選択(あるいは、自分自身の過去の選択)を黙々と実行するだけになる。せっかくの選ぶ力を、すっかり手放してしまうのだ。これが非エッセシャル思考の生き方である。
エッセンシャル思考の人は、選ぶ力を無駄にしない。その価値を理解し、大切に実行する。選ぶ権利を手放すことは、他人に自分の人生を決めさせることだと知っているからだ。
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世界一の投資家ウォーレン・バフェットは「われわれの投資方針は、ほぼ無頓着に近い」と語っている。少数の投資先だけを相手にし、一度買ったら長いあいだ保有し続けるのだ。
「バフェットは若い頃、数百の正しい決断をすることは不可能だと悟った。そこで絶対に確実だと思われる投資先だけに限定し、そこに大きく賭けることにした。彼の資産の9割は、たった10種類の投資によるものだ。手を出さないという判断が、その富をもたらしたのである」。
要するにバフェットは、本質的な少数のものだけを選び取り、その他多くのチャンスにノーと言ったのだ。
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ピーター・ドラッカーはかつて『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者ジム・コリンズにこうアドバイスしたと言われている。「偉大な企業をつくるか、偉大な思想をつくるか、どちらかだ。両方は選べない」。
そこでコリンズは思想を選んだ。彼の会社は従業員3人の小さな会社にとどまったが、彼の思想は世界中に広がり、数千万人の人びとに影響を与えている。トレードオフは痛みを伴うが、絶好のチャンスでもある。
エッセンシャル思考の人は、トレードオフを当たり前の現実として受け入れている。そんなものなければいいのに、とは考えない。「何をあきらめなくてはならないか?」と問うかわりに「何に全力を注ごうか?」と考える。小さな違いだが、積み重なると人生に大きな差がついてくる。
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ある経営者はツイッターでこう言った。「絶対にイエスだと言いきれないなら、それはすなわちノーである」。エッセンシャル思考らしい発言だ。選択肢を検討するときには、つねにこの基準で考えた方がいい。
「いつか着れるかもしれない」というゆるい基準を使っていたら、クローゼットはめったに着ない服でいっぱいになってしまう。これを、「この服が本当に大好きか?」という基準に変えると、中途半端な服が消えるので、もっといい服を入れるスペースが生まれる。
あなたの目標や戦略は明確か、と経営者にたずねると「かなり明確です」という答えがよく返ってくる。かなり明確なら、それで十分だと考えているようだ。だが「完全に明確」な状態を知ると、それまでの「かなり」が不便だったことに気づく。
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拒否する、断固として上手に断わる。
当時12歳だったシンシアのプランは完璧だった。父親の講演を最後の1時間だけ聞き、4時半に控室で落ち合う。誰にもつかまらないうちに会場を出て、ケーブルカーでチャイナタウンに向かう。好物の中華料理を食べて、おみやげを買い、しばらく観光をしたあと映画を見る。
それから、タクシーをつかまえてホテルに戻り、プールでひと泳ぎ。ルームサービスで生クリームたっぷりのホットファッジサンデーを頼み、気が済むまで深夜のテレビを堪能する。シンシアと父親は、このプランを何度も念入りに話し合った。
ところが当日、講演会場を出ようとしたとき父親の仕事仲間にばったり出くわした。学生時代からの友人だが会うのは久しぶりだ。友人はこう言った。「ところで、埠頭に最高のシーフードを食わせる店があるんだが、一緒にどうだい」。
父親はそれを聞くと勢いよく言った。「それはいいね、埠頭でデイナーとは、最高だろうな!」。シンシアは意気消沈した。だが、そのとき父親はこうつづけた。「でも今日は駄目なんだ。シンシアと特別のデートの約束をしているものでね」。父親はシンシアにウィンクし、手をとって歩き出した。
シンシアの父親は『七つの習慣』で有名なスティーブン・コヴィーだ。シンシアは語った。「この出来事のおかげで、父親とのあいだには永遠に切れない絆が生まれました。私がもっとも大切な存在だと示してくれたからです」。
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アカデミー賞の歴史の中でもっとも尊敬されている編集技師はマイケル・カーンだ。『レイダース/失われたアーク』『プライベート・ライアン』『シンドラーのリスト』など、数々の超有名作品を編集してきた。それなのに、カーンの名前を知っている人はあまりに少ない。編集の仕事が「目に見えないアート」と呼ばれる所以だろう。
編集は、エッセンシャル思考の技術である。不要なものや余分なものを容赦なく削り、作品の本質を取り出す仕事だ。見るべき要素だけを観客に提示するのである。
編集の技術はただ減らすことにあるのではない。減らしながら、価値を増やすのだ。すぐれた編集技師は、余分なものを減らすことによって、そのプロットや世界観やキャラクターをいっそう際立たせる。
同じように、自分の仕事や生き方を編集すれば、その成果をよりいっそう高めることができる。本当に重要なことにエネルギーを集中できるからだ。余分なものを削ってこそ、重要なものを生かす余地が生まれる。
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チャールズ・デュヒッグは、著書『習慣の力』についてのインタビューで次のように語っている。
「この15年間で習慣についての研究が進み、習慣を変える方法もわかってきました。あらゆる習慣には『トリガー』『行動』『報酬』の三つの要素があります。トリガーとは、ある行動を自動的に呼び起こすためのきっかけです。次に行動がきます。
これは肉体の動作のほかに、感情や思考も含みます。そして最後に報酬があります。この習慣を次も繰り返したいと思うような、ごほうびです。この3要素のループが繰り返されることによって、トリガーと報酬はより強く脳に刷り込まれ、行動はより自動的になってきます」。
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エッセンシャル思考の実践には、2つのアプローチがある。ひとつは、生活のあちこちに取り入れる方法。そしてもうひとつは、エッセンシャル思考を生きるという方法だ。
前者は忙しい日々にまた別のスキルを付け加えるにすぎないが、後者は違う。エッセンシャル思考を生き方の基本に据え、何をするにもそこから考える。エッセンシャル思考が自分という人間の核になるのだ。
成功のパラドックスとは、明確な目的意識を持って成功へと突き進むが、成功するとチャンスや選択肢が増え、結局自分の方向性を見失なってしまう。多方面に手を出したあげえく、すべて中途半端になって、何もまともに達成できない。