シンプルに考える(森川亮)

『シンプルに考える』 森川亮  ダイヤモンド社 2015年5月
 


 
 
 

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大企業に就職すれば一生安泰。偉い人の言うことに従えば大丈夫。出世すれば安全だ。僕は、こうした生き方ほど危険なことはないと思います。なぜならビジネスの本質からズレているからです。
 

ビジネスとは何か?とてもシンプルなことです。求める人と与える人のエコシステム(生態系)。これがビジネスの本質です。お腹が空いた人に、おいしい料理を出す。冬の寒い日に、あたたかい衣服を差し出す。手持ちぶさたな人に、手軽なゲームを提供する。
 

どんなことでもいい。人々が求めているものを与えることができる人は、どんな時代になっても生きていくことができる。それが、ビジネスのたった一つの原則だと思うのです。
 
 
 
 

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LINEのプロジェクトチームは「スマートフォン・ユーザーが求めているサービスは何か?」について検討を重ね「ゲーム」「写真共有」「コミュニケーション」の三つにテーマを厳選。さらに、このなかからひとつに絞り込んでプロジェクトに着手しようとしていました。
 

ところが、その矢先に東日本大震災が発生。彼らは、震災での自らの体験をもとに議論や分析をさらに深めていきました。そして今求められているのは「クローズドなコミュニケーションだ」と確信。後にLINEと名付けられるメッセージ・アプリの開発に着手したのです。
 

おそらく、震災後、彼らは「誰もが使いこなせる、もっと便利なメッセージ・サービスが必要だ」と切実に感じたに違いありません。メンバーの多くは、ほとんど家に帰らずに仕事をしていたようです。いま思えば、このときの「熱」が、そのままLINEの成功につながったように思います。
 
 
 
 

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今はこう確信しています。明日のことすらわからないのが人間にとって普通のことなんだと。いわば、人間は世界に放り出されているようなもの。そこに、決まった道などありません。人間はどこまでも自由なのだと思います。すべては自分が決めること。
 

どんな仕事をするか、仕事とどう向き合うか、どんな会社で働くか、何を大切にして生きるか。その選択で、人生は決まっていくのだと思うのです。未来がわからないからこそ、可能性が無限大にあると考える。そして、その可能性にかけていく。そのような生き方が大事なのだと思います。
 

ナンバーワンをひっくり返すような大きな波が来たときこそチャンスであり、それが頻繁に来るということはチャンスが無限大にあるということ。未来が不確実だからこそ、可能性は無限大にある。これを信じることができるかどうか。それが、成功できるかどうかを分けるのだと思います。
 
 
 
 

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たとえば、LINEにヒットの兆しが見えたときには「LINE事業では儲けなくていい。ユーザーの拡大だけを考える」という戦略に徹しました。ユーザーベースが大きくなれば、後に必ずビジネスにつなげていくことができます。まずは売上のことは度外視して、とにかくユーザーの利益になることだけに集中すべきだと考えたのです。
 

「売上も欲しい、ユーザーも増やしたい」と二律背反のメッセージになれば、現場は混乱するだけ。それよりも、「ユーザーの拡大」に全力投球してもらったほうがいい。だから、あえて「儲けなくていい」というメッセージを明確に発信したわけです。
 

その結果、社員たちは圧倒的なスピードで、無料電話、スタンプ、ゲーム、公式アカウントなど、次々と新しいサービスを開発。LINEを世界で最速の成長スピードを誇るサービスのひとつにすることができたのです。
 
 
 
 

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「新しいもの」は多くの場合「古いもの」を否定する側面があります。ところが、厄介なことに、あらゆる企業は「古いもの」で成功してきたからこそ今がある。だから、どうしても「古いもの」を守ろうとして「新しいもの」に適切に対応できなくなってしまう。
 

僕たちは2004年にフィーチャーフォン向けのゲーム・サイトを開設。ところが、僕たちはパソコンを主力と考え、フィーチャーフォンはそれを補完するものと考えてしまった。要するにパソコン向けサービスを「守ろう」としたのです。
 

そこに切りこんできたのがDeNAやグリーでした。フィーチャーフォンに特化したゲーム・サイトを次々にオープンし、大成功を収めたのです。
 
 
 
 
この失敗がのちに活きます。スマートフォンという「変化の波」が訪れたとき、経営陣全員が「リソースをスマートフォンに集中させる」ことに賛成。他社に先駆けてスマートフォン・ユーザーのことだけに集中する体制を整えることができたのです。
 

ここに、チャンスが生まれました。フィーチャーフォンで成功していた多くの会社が「過去の成功」を守ろうとしたからです。そのひとつがユーザーID。彼らがリリースしたアプリにはフィーチャーフォンと共通のID認証が必要でした。しかし、それはユーザーが求めていることではなかった。面倒だからです。
 

だから、僕は改めて「守ると攻められない」という言葉を噛みしめています。いつか再び訪れる「大きな変化」に対応するために、この言葉を絶対に忘れてはならないと思うのです。
 
 
 
 

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僕は、こう心に刻んでいます。ユーザーが望んでいる「目の前」のニーズにしっかり応えることに集中する。それが企業の社会的責任でもあるし、ビジネスの成功確率を高める方法でもある。むしろ、それを愚直にやり続けることでイノベーションにたどり着く。
 

たとえば、スポンサード・スタンプ。クライアント企業から対価をいただいて、その企業のマスコット・キャラクターをスタンプにする。(略)ユーザーは気に入ったスタンプしか使いませんから、バナー広告のような押しつけがましいものにはなりませんし、そのスタンプが使われることで、クライアント企業にとっては広告効果が得られるわけです。
 

スポンサード・スタンプは今ではLINE株式会社の収益の柱の一つにまで育っています。このビジネスモデルが世界的な成功を収めたとき、シリコンバレーの人々は言いました。「これはイノベーションである」と。
 
 
 
 

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この世界は求める者と与える者のエコシステム。人々が求めるものを与えることができる者が生き残ることができるのです。会社も同じです。人々が求めるものを作り出すことができたときにヒット商品は生まれます。人々を幸せにすることこそが、自分が幸せになる唯一の方法なのです。
 

だから、やりたいことをやって自分らしく生きていくためには、自分本位であってはいけません。常に「人々は何を求めているのだろう?」「人々は何に困っているのだろう」と考え、思考錯誤を繰り返しながら、人の気持ちがわかる人間にならなければなりません。
 

僕たちはみな同じ人間ですから、僕たちが心の奥底で感じている気持ちは、必ず人々の気持ちに通じています。その自分の気落ちを大切にすることこそが、人々の気持ちを理解するための第一歩なのです。そして、ひたすら人々を幸せにするために真摯な努力を続けてほしいのです。