『スターバックス成功物語』 ハワード・シュルツ ドリー・ジョーンズ・ヤング 日経BP社(1998年04月)
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私の体験は少なくとも、無から出発して自分の夢よりも大きなことを達成できる一つの事例なのだ。
解決不可能と思われた障害を一つ乗り越えると、ほかの障害がそれほど苦にならなくなる。くじけることなく挑戦し続ければ、たいていの人は自分の夢よりも大きなことを達成できる。
ハマープラスト社で働いていた時、私は奇妙な体験をした。シアトルの小さな小売店が特定のドリップ式コーヒーメーカーを大量に注文してきたのだ。スターバックス・コーヒー・ティー・スパイスという会社だった。
店のドアを開くと、豊かなコーヒーの香りが私を迎え入れた。飲んだだけでこれまで味わったどんなコーヒーよりも濃いことがわかった。もう一口飲んでみた。口の中いっぱいにコーヒーの味と香りは広がった。三口目には、やみ付きになっていた。
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最高級品のコーヒー豆はアラビカ種に限られる、とジェリー(創立者)は言う。とくに高山地帯で育ったコーヒー豆は品質が良い。スーパーマーケットでブレンドされた安物のロブスタ種は深煎りには向かない。焼け焦げるだけなのだ。最高級のアラビカ種は熱に耐え、深煎りすればするほどコーヒーの風味が深くでる。
どんな企業も、まず第一に何を基盤にするかが問われる。スターバックスは単なる良質のコーヒーでなく、創立者が魅せられた深煎りコーヒーの風味を基盤にしたおかげで、ほかのコーヒー店とは一味違う本物になれたのである。
顧客の要求するものを提供するだけでは駄目なのだ。顧客の知らないものや最高級品を提供すれば、顧客の味覚が磨かれるまで多少時間がかかるかもしれない。だが、顧客に発見の喜びと興奮を与え、ロイヤリティを確立することが出来る。
われわれはビジネスをあらゆる角度から改新し、再投資することができる。しかし、変えてはならないものがある。スターバックスはこれからも、焙煎したばかりの最高級のコーヒー豆を提供しつづけるだろう。それがわが社の遺産なのだ。
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「ハワード、残念だが悪いニュースだ」。ジェリーの言葉が信じられなかった。三人で話しあった結果、私の経営参加はご破算になったと言うのだ。「君の構想はすばらしいが、我々がスターバックスに求めているものとはちょっと違うんだ」。
私は、それでもスターバックスにかける夢があまりにも大きかったので、それが最終的な回答とはどうしても納得できなかった。これこそ自分の人生の分岐点なのだ。どうしてもスターバックスに参加しなければならない。翌日、私はジェリーに電話をかけた。
あれから15年になるが、つくづく運命は不思議だと思う。あのとき、私が最初の決定を黙って受け入れていたら、どうなっていただろうか。たいていの場合、就職を断られたら黙った引き下がるしかない。
人生はニアミスの連続と言っていい。われわれが幸運と見なしていることは実は単なる幸運ではないのだ。幸運とはチャンスを逃さず、自分の将来に責任を持つことに他ならない。他の人たちにには見えないことに目をこらし、誰が何と言おうと自分の夢を追い続けることなのである。
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まるで自分がドアをたたくたびに蹴飛ばされ、打ちのめされる犬のような気がした。私は1年かけて資金を集めようと頑張った。242人に呼びかけて217人に断られたのだ。こんなに大勢の人から、あなたのアイデアには価値がないと言われたら、どれほど気持ちが落ち込むか想像してもらいたい。
1987年、スターバックス・コーヒー社の資産を買収して社名をスターバックス・コーポレーションに変更した。私は34才にして再び人生の荒波に乗り出した。
成功の要素にはタイミングとチャンスがある。しかし、本当は自分でチャンスをつくり出し、他の人に見えない大きなチャンスが見えたときには、いつでも飛びつけるように準備をしておくべきなのだ。
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小売業界で、核心的なアイデアが新しいパラダイムを形成し歴史的な出来事になると、その価値を予見した人物が脚光を浴びる。やがてそれは新たな社会現象を生み、新語としてテレビで使われはじめ、ついには辞書にのり文化と時代の象徴となる。
そのときこのアイデアは、単なる一企業家や小集団の時宣を得た閃きなどどいう域をはるかに超えた存在となる。私は全く趣の異なる町でスターバックスが成功するのを見て、考え込まざるを得なかった。人々はいったい何に反応を示しているのか?
スターバックスで5分10分過ごすと、人々は単調な生活から解放され、はるか遠い世界に誘われる。ありふれた一日にロマンチックな輝きが加わる。ブルーカラー労働者も医者も、自分自身へのちょっとしたご褒美として世界に認められた味を楽しめる。
いやな事が次々と起こる日には、スターバックスに足を運び、ささやかな逃避行を楽しむことが出来る。又は考えをめぐらし自分自身に集中することができる。
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マーケティングや広告はスターバックスの原動力ではなかった。われわれはむしろ製品志向、人間志向、価値志向の企業だ。
現在のマーケティング理論では製品に「付加価値」を持たせる方法がいろいろ説かれている。スターバックスは創業以来コーヒーそのものの価値にこだわり続けて来た。
スターバックスの製品は単にコーヒーだけにとどまらない。「スターバックス体験」と呼ばれるものも、われわれの製品なのである。
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うっとりさせる、ゆたかなコクと深みのある含蓄にとんだ香りである。香りは記憶を呼び覚ます力が最も強く、人々をスターバックスに惹き付ける。
店内で耳にする音楽だけでなく、エスプレッソ・マシーンのシューッという音。コーヒーの粉を取だすためにバリスタがフィルターをたたく音。ミルクがポコポコと泡立つ音。
私が何よりも望むのは、スターバックス体験が人間的な結びつきをもたらし、コーヒーを愛する世界中の人々の大切な時間を豊かに彩ってくれることである。