ロングテール(クリス・アンダーソン)

『ロングテール』クリス・アンダーソン 2006年9月 篠森ゆりこ訳  早川書房
 


 
 
 
 
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オンライン音楽配信サービスのラプソディ[Rhapsody]が顧客の利用データを僕にくれたのだ。それをグラフにしてみると、これまで見たことのないようなグラフになった。
 

横軸に商品を人気の高さ順に並べると、グラフは左端で普通の需要曲線のように始まる。曲線の最も高いあたりでは、少数の商品が膨大な回数、ダウンロードされている。それから人気のない商品へと曲線が急降下する。でもおもしろいことに、その曲線はどこまでいっても決してゼロにならない。
 

統計学では、そうした曲線のことを「ロングテールド・ディストリビューション(裾の長い分布)」と呼ぶ。曲線の裾が上部に比べてとても長いからだ。だから、僕はただ曲線のテールの部分に注目し、それを固有名詞にしただけのことだ。こうして「ロングテール」は生まれた。
 
 
 
 

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ロングテールの本当のすごさはその規模による。たとえば本だ。バーンズ・アンド・ノーブルの平均的な大型書店は約10万タイトルの本を置いているが、アマゾンの四分の一を超える販売部数が上位10万タイトル以外の本による。
 

無限の商品スペースを持つこの新ビジネスは事実上、新数学の学習をした。つまり、とても大きな数(テールにある商品)に小さな数(各商品が売れる数)を掛けると、やっぱりとても大きな数のまま、しかもその大きな数がまだまだ大きくなる一方だ。
 

選択肢が豊富にある現在と比べると、制限されていた昔は、文化という海にヒット作の島だけが浮かんでいた。でも島は水面下に潜む巨大な山の一角でしかない。流通コストが下がると水面が下がって、隠れていた数々の物が見えてくる。
 

文化と経済が需要曲線のヘッドにある比較的少数のヒットに焦点を合わせるのをやめ、テールにある無数のニッチへ移行する。要するにこれがロングテール理論だ。
 
 
 
 

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2001年1月、ジミー・ウェールズという金持ちのオプション・トレーダーが、厖大な情報量のオンライン百科事典をまったく新しい手法で作り始めた。アマチュア専門家、準専門家、知識があると自称しているただの人たちの知識を総動員させるやり方だ。
 

ウェールズは当初、すでに手元にあった数十点の記事とウィキ(速いという意味のハワイ語)というアプリケーション・ソフトから事業を開始した。(略)目標は、まさに古代のアレクサンドリア図書館に匹敵する知の宝庫を構築することだ。
 

2001年の開始当時、こんな企画はばかげているように思えた。現在(2006年)ウィキペディアは7万5千名を超える投稿者によって書かれた200万項目-ブリタニカは12万、マイクロソフトのエンカルタは6万だ-の英文記事を擁する。他言語のバージョンもいれると記事の総数は530万を超える。
 
 
 
 

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『ブリタニカ』の大きな誤りは情報の抜けであって、決して間違っているわけではなかった。『ブリタニカ』には実にたくさんの項目が入ってない。いっぽうウィキペディアにはどんどん入るように調整できる。しかも絶えず更新される。
 

ウィキペディアも確率統計学-確かかどうかよりも確率の問題-という異質の論理で機能している。こうした確率論的システムは完璧ではないのだが、時間をかけ、情報量が増すとともに、統計的に最適化されて向上する。規模が大きくなるにつれて改善されるように設計されているのだ
 

ブログもそうだ。どれ一つとして権威はない。ブログはロングテールだ。だからそのコンテンツの品質や特長を一般化しようとするのは間違っている。本来、多様で変化に富むのがロングテールというものだ。でもブログ全体としては、メジャーなメディアに匹敵するどころかそれ以上のものだ。
 
 
 
 

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1897年夏、スイスの大学の研究室で、ヴィルフレド・パレートというイタリア人学者が19世紀の英国の富と収入のパターン分析に精を出していた。彼は、英国では富は不平等に分配されており、ほとんどの富は少数の人々の手に渡っていることを知った。
 

正確な割合を計算してみると、人口の20パーセントが富の80パーセントを所有していたのである。見逃せないのは、その割合が他の国や地域にも通用したということだ。(略)現在パレートの研究は80対20の法則として広く知られている。
 

単語の使用頻度は使用頻度の順位分の一に比例する。つまり二番目によく使われる言語は、いちばんよく使われる言語の約二分の一の頻度で登場する。三番目なら三分の一だ。これはジップの法則と呼ばれている。
 

この研究の要は、べき法則分布、つまりパレートが富の曲線で発見した1/Xの傾きが、どこにでも見られるということである。ロングテールはべき法則であり、べき法則の曲線はゼロに近づいても決してゼロにはならず無限にのびていくため、長いテールを持つ曲線として知られている。
 
 
 
 

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「予測」によるフィルタは市場にたどり着く前に商品をふるいにかける。まさに何を市場に送り込み、何をふるい落とすかきめるのが仕事である。この仕事を「前置(プレ)フィルタ」と呼ぼう。
 

いっぽうレコメンデーションや検索技術は「後置(ポスト)フィルタ」だ。このフィルタは、特定の分野の中でいちばんいいものを見つけていく。商品を全部放出して市場に仕分けをを任せるという場合、後置きフィルタは市場の声といっていい。消費者行動を予測するのではなく、導びいたり広めたりする。
 

前置フィルタのかかった商品を、スペースがコンパクトな光沢紙で包んでいるのが雑誌だ。(略)でも市場に出すか出さないかを人に決めてもらおうという時代は終わろうとしている。やがてすべては市場にでる。そこで真の需要を創出するには、商品すべてを整理することだ。
 
 
 
 

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僕たちは歴史上もっとも選択肢が多い時代の真っ只中に生きている。スターバックスのコーヒーには1万九千のバリエーションがあるという。どうしてこれほど選択肢が増えたのか。その理由にはグローバル化と、効率性を最高に高めたサプライチェーンがある。
 

別の理由は、人口動態の中にある。70年代から80年代に豊かさが増すにつれて人々は自らの位置を見直すようになり、その結果”普通でいたい”から”特別でいたい”に気分が変わった。そして最後の理由はロングテールだ。
 

iTMSにはウォルマートの約40倍の曲があり、ネットフリックスにはブロックバスターの18倍のDVDがある。アマゾンは大型書店のボーダーズの40倍近い本を抱えている。イーベイのようなオンライン小売店がデパートの数千倍に及ぶのは間違いない。

※iTMS iTunes Music Store
 
 
 
 

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多様性の経済について論説を書いているヴァージニア・ポストレルは『ニューヨーク・タイムズ』コラムの中で不動産業者、投資コンサルタント、検索エンジン、アマゾンのレコメンデーションは、すべて同じことをしていると指摘した。
 

一般から専門へと文化が移行しても、既存の権力構造が消滅したり、パソコンを武器にした総アマチュア文化に完全に塗り替えられたりはしない。全体のバランスが変わるというだけだ。つまりヒットかニッチか「どっちか」という時代から「どっちも」という時代に進化するのである。
 

ウェブの世界を商品の世界と思うのはやめて、意見の市場だと思うようにしよう。ウェブはマーケティングの偉大なる平等主義者だ。そのおかげでニッチ商品も世界中の注目を集めることが可能なのである。