今治タオル奇跡の復活(佐藤可士和)

『今治タオル奇跡の復活』起死回生のブランド戦略 佐藤可士和、四国タオル工業組合 2014年11月 岩波新書
 


 
 
 

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国が旗を振る「JAPANブランド育成支援事業」の事業概要にはこう記されている。<地域が一丸となって、地域の伝統的な技術や素材などの資源を生かした製品などの価値・魅力を高め、「日本」を表現しつつ世界に通用する「JAPANブランド」を実現する取組みを総合的に支援します>。
 

勝算がなかった。引き受ける以上は、なんとしても結果を出したい。厳しい状況を挽回するためのアイデアは出せる。しかし、いくら効果的な戦略を考えたとしても、それを実行できないのではないか、という不安が大きかったのだ。今治タオルの予算規模はあまりにも小さすぎ、しかも患者にたとえるなら瀕死のような状態だった。
 

僕に「よし、やろう!」という決断をさせたのは、今治のタオルそのものだった。驚きというより感動だった。やわらかくて、風合いが素晴らしく心地いい。肌にあてるだけでタオルが水気を吸いとってくれる。大げさではなく、湯上り1分で僕は今治タオルの品質に魅了された。
 
 
 
 

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リアリティのないテーマには、強く共感することができない。寝る間も惜しんでアイデアを考え出すほど没頭するためには、クライアントの意向を他人事ではなく、”自分事” にしなければならない。ここは僕自身が仕事に取り組む上で常に重要なポイントになる。
 

その意味で、もうひとつのリアリティが僕には必要だった。他人事を自分事にするというのは、言い換えれば、どこかに接点を求めることでもある。今治と自分との接点がどこにあるのか・・。キーワードになったのは「JAPANブランド」だった。
 

今治というタオル産地が復活することは、「日本の地域再生」というテーマに対する成功事例になり得る。このプロジェクトを、日本が失った元気を取り戻すためのチャレンジとして設定すれば、僕自身も今治タオルの復活を自分事と捉えて全力を注ぐことができる。
 
 
 
 

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クライアントの思いを具現化し、世の中にきちんと伝え、社会の中でより良いポジションを獲得するための方法を考え実践していくのが、ブランディングという作業になる。「本質的価値」x「戦略的イメージコントロール」=「ブランディング」だと僕は考えている。
 

「本質的価値」を他所(よそ)から持ってくることは絶対にできない。クライアントが持っている長所や個性の中から探し当てなければならないが、これが簡単なことではない。なぜなら、クライアント自身が「本質的価値」に気づいていない場合が多いからだ。
 

今治タオルは、安い輸入タオルの方が売れるという市場の動向に翻弄され、安くはないけれども「安心・安全・高品質」なものをつくってきたという伝統が、「高い=売れない=価値がない」という認識として産地に根付いてしまっていた。
 
 
 
 

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分かりやすく伝えるための戦略として非常に効果的だったのは、「白いタオル」をキープロダクトに設定したことだ。繰り返しになるが、今治タオルの本質的価値は「安心・安全・高品質」。そこを際立たせるためには、他の特徴はむしろ表に出さないほうがいいと考えた。
 

これも、組合の人たちが見失っていた認識だ。今治は、バーバリーやセリーヌといった有名ブランドのタオルをOEMで請け負ってきた。複雑で繊細な柄を表現できる技術が今治タオルの特徴であり、そこを前面に出したいという意見が現地ヒアリングではたくさん聞かれた。
 

しかし、それはメーカーの発想であって、必ずしもユーザーのニーズではない。ブランディング・プロジェクトが伝えようとしているのは安心・安全・高品質な「使い心地」に他ならない。柄を折る技術に頼らなくても、今治タオルは勝負できると、僕は確信していた。
 

各メーカーからバラエティにとんだ白いタオルができあがった。やわらかさ。厚さ、肌合い、風あい、一つとして同じものはない。まぶしいほどの白もあれば、生成りっぽい白もありそれぞれの白に主張がある。各社がつくった最高の白いタオルが、目の前に並べられたときは圧巻だった、
 
 
 
 

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当時の組合理事長だった藤高さんからこう告げられた。「プロジェクトの2年目は、全体を統括する立場として力を貸してほしい」。クリエイティブ・ディレクターではなく、総合プロデューサーとして今治タオルプロジェクトに関わることを、組合から正式に依頼された。
 

「白いタオル」が、瀕死の産地を復活させるコンテンツになり得るという手応えはすでに感じている。僕は、ブランド戦略と並行して、四国タオル工業組合のインターナル・マーケティング(組織内の意識改革)の仕掛けもプランニングすることを承諾した。
 

僕は、今治に何度も出張し、ブランディングによる産地復活の意義を繰り返し伝えて、インターナル・マーケティングに努めてきた。それは説得ではなく、いかにプロジェクトに “共感” してもらうかという作業だった。
  

納得してもらい、自らの意思で動いてもらうためには、こちらの考え方に相手がどれだけ共感できるかが重要になる。これは、僕がプレゼンテーションするときの原則だ。必要なのは、テクニックではなく、誠実に向き合って話すことだ。
 
 
 
 

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今治タオルプロジェクトは、僕にとっても多くの “発見” がある仕事になった。初めて手掛けた地域産業のブランディングなだけに、僕自身が仕事をしながら学んだこともたくさんある。
 

それぞれ個性のあるメーカーが一つにまとまるためのインターナル・マーケティングなどはその最もたるものだし、今治という産地を知ることによって、日本の地域の未来や、日本という国自体のブランド戦略といったことにも自分事として考えが及ぶようになった。
 

どんな仕事にも、必ず新鮮な驚きや出会いというものがある。その発見がたくさんあればあるほど仕事は楽しく感じられるし、結果も上手くいく。クリエイターの仕事は、前例をそのまま当てはめるようなルーティンになったら、絶対に上手くはいかない。新しい要素を追い求めなければ、ビビッドなアイデアにたどり着けない。
 
 
 
 

(本書の第二部は四国タオル工業組合の立場から述べられている。)

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佐藤氏は「安心・安全・高品質」が今治タオルの本質的価値と見いだした。しかし、キープロダクトとなった「白いタオル」は、産地のメーカーにとって好品質とは対局にある商品だった。
 

「われわれの感覚からすると、白いタオルというのは年賀や開店祝いで大量にタダで配られる安物の代表格。そんなのっぺらぼうのタオルなんか、だれも買うわけがないというのが、当時のわれわれの常識だった」(藤高)。
 

佐藤氏の説明は明快だった。「水の品質を伝えるときに、いきなりコーヒーを淹れて出しますか? 炊き立てごはんのおいしさを伝えるのに、カレーをかける必要がありますか? タオルも同じです。今治タオルのすばらしさを、余計な要素を加えずに伝えるには、「白」しかないんです」。
 
 
 
 

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近藤聖司が代表を務める『コンテックス』は、今治でも指折りの技術力と実績のあるタオルメーカーである。オリジナルブランドの商品を積極的に開発し、独自の販路を全国に築いてきた。自力で産地の危機を乗り切るだけの体力を持った企業だった。
 

近藤は言う。「今治のメーカーは、問屋さんが持っていたライセンスに依存して、苦しむことになったわけです。だから、これからはブランドに頼らず、品質第一で勝負できなければならない。地域ブランドと聞いたときは、またブランドに頼るのかと、最初は抵抗感を覚えた」。
 

今治タオルメッセ2007。「展示会場に並んだ白いタオルを見たときに、僕はビックリしたんです。 “白” だけで、ここまでインパクトのあるメッセージが伝えられるとは、考えたこともなかった。一目見て、ウチもここに商品を置きたいと思いましたよ」(近藤)。
 
 
 
 

(あとがき)

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この本は、かつての産地、今治のように、危機を乗り越えようとしている日本中の人達に向けたエールだと思っている。もしも、今治タオルの復活を特別なケースだと感じている人は、「2パーセント」という数字を記憶しておいてもらいたい。
 

今治タオルの国内市場における2013年のシェアは、11.2パーセント。生産数量の底だった2009年は、9.2パーセントだった。伸び率は、2パーセントでしかない。わずか2パーセントの成長で、国内では “奇跡の復活” が果たせることになったのだ。
 

ブランディングによって、2パーセントの成長が期待できる地域産業や企業は、日本中に山ほど存在する。「いいモノをつくっているだけでは売れない」は、本質をつかみ、ていねいに正しく伝えていくことで「いいモノをつくっているからこそ売れる」という未来に変えることができる。