『佐藤可士和の超整理術』 佐藤可士和 2007年9月 日本経済新聞社
2007年に出版された著者の初の著作です。思考を整理することで問題の本質を見つける。問題の本質を見つけることで、あるべき姿と、やるべきことが浮かび上がる。その手法自体がすでに本質的なものなので、今も、内容は古くならないし、ブレがない。
本質的な手法とは、アート・ディレクションであるとかブランディングであるとかの枠を超えて、企業や地域の問題、おそらく政治の世界の問題までも、同じやり方で問題の答えが導きだせるものではないだろうか。2018/04
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アートディレクションとは、決して僕の中のインスピレーションをかたちにするわけではありません。クライアントと綿密にコミュニケーションを重ねることで答えが見つかる。それを的確に表現することで、商品と世の中もコミュニケートできる。
つまり、自分の作品を作るのでなく、相手の問題を解決する仕事なのです。解決策をかたちにする際にはじめて、デザインというクリエィティブの力を使うわけです。
いろいろなプロジェクトを数多く手掛けていて、アイデアが尽きることはないのですか?こう聞かれることも多いのですが、その心配は全くありません。なぜなら、答えはいつも、自分ではなく相手のなかにあるからです。
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整理することで一番大切なものを見つけ、磨きあげてデザインする。それがうまくいけば、見る人にメッセージを限りなく完璧に伝えることができる。つまり、僕のやっていることは、ブランドや商品と世の中を結び付ける、コミュニケーションデザインの仕事です。
広告はコミュニケーションデザインを行う仕事だというのは、学生時代の授業でもさんざん言われていたことでした。ですが、仕事の現場を経験して初めて、身体で理解することができたのです。
なぜこのデザインにしたかという過程を相手に理路整然と語れるように、自分の思考回路の整理をきっちり行うようにしたら、作品からあいまいな部分がどんどん消えていき、頭の中に一点の曇りもなくなると、目的がフォーカスされ、ピシッと論理の筋道が通ったのです。
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現代社会というのは非常に複雑な状況です。リアルな世界とインターネットなどのバーチャルな世界が境目なく存在し、脳の中でつくられた “脳化社会” が、イメージ世界として広がるなどいくつもの世界が混在し、とてつもないカオス世界が蔓延しています。
無数の情報が飛び交っているのはもちろんのこと、たったひとつの情報でも見る人によって捉え方は千差万別です。(略)そう考えると、現状を把握するということがいかに難しいことなのか、想像していただけるのではないでしょうか。
しかし(混沌とした世の中を)多くの人は自分の目の届く限られた範囲内で現実を理解し、あまり疑問を持たず、世の中をシンプルに捉えている。まず、こうした状況に危機感を持つことが、問題解決への第一歩となるのです。
今でこそずいぶん変わりましたが、当時の広告業界には「広告というのは皆に注目されるものだ」という前提がありました。「広告で人々を注目させるのは相当難しい」という本質的な問題を見据えない限り、何の解決にもならない。
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キリンの発泡酒「極生」。商品そのものから発泡酒全体にぐっと引き、発泡酒のマイナスイメージを見つめ直した。すると、ハッと気づきました。「無理にビールに似せようとしていた」ことが全ての原因、つまり、問題の本質ではないか。
ネガティブな要素をもう一度見直した。マイナスイメージはそのままプラスに転換できる。「ビールの廉価版」ではなく「カジュアルに楽しめる現代的な飲み物」。「コクが足りない」のでなく「ライトで爽やかな飲み口」というふうに。
結果的に「極生」はヒット商品となり、発泡酒独自のポジションを確立すことに成功しました。「極生」以降、発泡酒は決して引け目を感じる存在ではなくなったのです。むしろ、ビールにとってかわる存在になったといっていい。
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「モノを絞って、すっきりと気持ちいい環境のなかで、効率的に仕事をしたい」。これが僕の「空間」の整理を行う上での大前提になっています。自分が把握していないものがいっさいない、クリアな状態になる。そううすれば仕事の効率的も上がるし、リスク回避にもなる。
「空間」の整理は、最初に取り組むべき整理術としてはうってつけです。なぜなら、物事を頭の中だけで心底理解するというのは、実に難しいものだから。自分の身近な部分が改善されるのがわかると、整理の成果が面白いほどリアルに理解できます。
本当に必要なものを自問自答するということは、結果的には、いらないものを捨てることでもあります。この “捨てる” という行為が難しい、なぜなら、それは自分の中の “不安との闘い” だからです。
とはいえ、ひとつひとつのアイテムを単独で吟味していると、なかなか思い切れないものです。整理の順番としては、こんなふうに進行するといいでしょう。
1.アイテムを並べてみる
2.プライオリティをつける
3.いらないものを捨てる。
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今朝起きてからいままでにどんな広告を見たか覚えていますか。テレビCMで、新聞で、電車の中で、街中で、何十、何百という数が、目の前を通りすぎます。その中でぱっと思い出せるものはありますか。ほとんどと言っていいくらい記憶に残っていないのではないでしょうか。
タレントの顔は覚えていても、何の広告だったかは覚えていなかったり、商品は覚えていても、何がアピールされていたのかは不明だったり、という具合に。クライアントにこの質問をすると、やはり皆さんハッとして答えに詰まってしまいます。
人は自分の心にバリアを張っていて、無意識のうちに外部情報を遮断しています。ですから、伝えたい情報をきちんと整理したうえで、筋道をたてて戦略的に伝えることを考えないと、受け手の心のバリアを破って入り込むことなどできないのです。
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ビジョンとは、クライアントが真に到達したいと望んでいること。それはまた、クアイアントが潜在的に秘めているものでもあり、「あるべき姿」といってもいい。つまり、最大パフォーマンスが発揮された理想的な状態、現状の問題を取り除けば、到達し得るゴールなのです。
本質を探るということは、一見、物事の奥深く入りこんでいくイメージですが、実はどんどん引いて離れていくことだと思います。客観的に見つめてこそ、いままで気づかなかった真実や大事なエッセンスを発見することができます。
自分の思い込みを捨てる、ということから初めてください。個人のエゴが入っていては、プロジェクトの本来のビジョンから少しずつずれてしまいます。相手の立場に立ち、相手が持っている材料の中から、魅力を最大限に引き出すという姿勢で臨まなければ、課題を解決することはできません。
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明治学院大学は早稲田や慶應と比べて、パブリックイメージが薄く、魅力をアピールできていない。そこで、大学の創設者であるヘボン博士の生涯の理念 “Do For Others” が改めて掘り起こされた。学長自ら、こうしたコンセプトメイキングを行い、教育理念の根本に掲げた。
あるべき姿をみつけだすために、キャンパスで学生たちにもヒアリングを行いました。マイナスからプラスへ視点を転換することで、やるべきことが浮かびあがった。つまり “地味で存在感がない” のではなく “控え目だけど芯が強い” という校風をはっきり打ち出す。
こうして導き出したのが “控え目ながら、ボランティア精神に富んだ芯の強さがある” というビジョン。それをひと目で伝えるために、シンボルマークを作りました。ピュアな黄色のバックに、MとGのイニシャルを組み合わせたものです。
「以前からこのマークだったような気がします」。プレゼンの際にこう言われたのは、すごくうれしいことでした。すっと馴染んでもらえたのも、自分のエゴという視点を入れずに、対象の中からビジョンを引き出せた」からだと思います。
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どうしてあらゆるジャンルの仕事が出来るのですか?という質問に、「常に対象のなかから本質を引き出しているのでアイデアは尽きない」と述べました。
これにぜひ「他人事を自分ごとに出来るから」と付け加えたい。一見、個人的な接点がない場合には、どこに共通項を見出すかを念頭におき、情報をすくいあげていくのです。
「他人事を自分事にする」。自分との接点を見出さないと実感が湧かず、目指すビジョンも空々しいものになってしまいます。