危機とサバイバル(ジャック・アタリ)

『危機とサバイバル』21世紀を生き抜くための7つの原則 ジャック・アタリ 2014年1月 株式会社作品社
 
 

 
 
 

<日本版への序文>

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私は、日本の国政選挙で、人口政策が重要な争点になってこなかったことに驚きを感じざるをるえない。出生率が下がり続けると、人口が減少し、高齢化が進み、経済成長を資金面で支える手段がなくなる。人口減少と高齢化に対する対策の選択肢は、以下の五つである。
 

(1)出生率を上げる政策を実施し、子どもの数を増やす。フランスでは成功した。(2)少ない人口で安定させ、高齢化を止める。(3)移民を受け入れる。移民はアメリカでもフランスでも発展の原動力だ。(4)女性の労働力を増やす。ドイツはこの方法を選択する。(5)ロボットを活用する。これは韓国の戦略だ。
 

移民の受け入れは、人口問題だけでなく、国家の活力を左右する重要な政治的選択である。国家には新しいモノ、考え、概念、発想が必要であり、それらをもたらすのは外国人なのだ。外国人を受け入れれば、未来のアイデアやこれまでにない発想が得られる。世界で優秀なサッカー選手の争奪戦が行われているように。
 
 
 
 

<序文>

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世界の政治家や銀行家の一部は、2008年に勃発した世界金融危機は「解決した」と語り、信じ込ませようとしてきたが、これはまったく事実に反する。この危機はその後に発生した世界各国、各地域の「国家債務危機」や経済危機、金融緩和による「マネーの氾濫」へと変容しただけである。
  

では、この危機の根幹となる原因は何なのだろう? それは、先進諸国が債務を膨張させることなしに、現状の生活レベルを維持できなかったことである。この構図がまったく解消されていない。
 

そして近い将来、この危機に、技術面、経済面、政治面、衛生面、エコロジー面、文化面、個人の生活面の大混乱が加わる。これから起こる危機や大変動は、人々、企業、国家に数々の失望や実害を持たらすであろう。
 
 
 
 
 

<今後10年に予測される危機>

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グローバリゼーションが引き起こす市場のグローバル化や自由な流通により、今後10年で、破滅的なパンデミックが発生する恐れがある。パンデミックは多くの個人・企業・国家のサバイバルにとって非常に大きな脅威である。
 

人やモノの流通速度を減速させるパンデミックは、公衆衛生や経済の面でも人類全体の危機である。1968年の香港風邪は(世界で50万人の犠牲者)世界のGDPの0.7%、1918年のスペイン風邪(5千万人から1億人の犠牲者)では4.8%の経済的コストがかかった。
 

さらに、鳥インフルエンザといった、感染率や致死率の高いパンデミックが発生する恐れが常に存在する。パンデミックは、すべて人口密度が高くて貧困な地域で発生する。それらの地域には、公衆衛生設備や医療体制がないため、インフルエンザ以外にもマラリアや結核の心配もある。
 
 
 
 
 

<人類史に学ぶサバイバル戦略>

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人類全体は、数万年もの間、ノマドであったため、ノマドの民として、砂漠、海、森林、迷路(人生の迷路)を乗り越えるために、常に同じ警告に従わなければならなかった。すなわち、鋭い直感を持つこと、身軽にすること、失敗を恐れないこと、目的意識を持つこと、疑いを持たずにつき進むことである。
 

例えば、アメリカの先住民のヨクイ族によると、サバイバルするためには、人間には主に四つの敵に直面する準備が必要であるという。それは、恐怖、知識、権力、死である。
 

詳述すると、人間は恐怖に怯むことがあってはならない。すべてのことについて、すべてを知っていると思ってはならない。すべてのことを、すべてできると思ってはならない。最後の敵である死については、人間は死の勝利を少しでも遅らせる術を学ぶことしかできない、という意味である。
 
 
 
 
 

<全ての危機に適応可能な七つの原則>

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<七つの原則>はすなわち、第一原則<自己の尊重>、第二原則<緊張感>、第三原則<共感力>、第四原則<レジリエンス>、第五原則<独創性>、第六原則<ユビキタスな能力>、第七原則<革命的な思考力>である。この<七つの原則は>は、個人、企業、国家、そして人類全体のどのレベルにおいても、サバイバルのための条件となる。
 

個人にとって<七つの原則>は、すべての危機に応用できる。落ちぶれることなく自分を維持すること。一瞬を大切に生きること。他者の視点を理解すること。自分への批判に耐えること。自己の改善、さらに必要であれば自らの人生をがらりと変えるために「断絶すること」などから学ぶのだ。
 

<七つの原則>は、危機や変化に直面する企業にも適用できる。企業は自社の企業価値を定義し、長期計画を立て、ライバル企業やパートナー企業をきちんと把握し、優秀な人材を集め、リスクの回避に努め、イノベーションを推進し、業種転換に備え、極端な場合は、破壊的な法や規制と戦う。
 

さらに<七つの原則>は、凋落の危機に瀕する国家にも適用できる。国のアイデンティティ・価値観・社会計画を確認し、敵国への理解を深め、同盟国との結束を強め、自国の防衛を施し、弱点や欠乏に対処できる能力を養い、抜本的な改革を行う。さらには、正当防衛の場合には攻撃することもありうる。
 
 
 
 
 

<個人のサバイバル>

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脅威への対処の仕方や、脅威をチャンスに変える方法が見つからないのであれば、危機からの脱却の準備を進めるべきである。つまり自分自身から抜け出し、知性の面で他者になることである。さらには、身体もどこか別の場所に移す。これが<ユビキタス>な能力である。
 

これは、自己のアイデンティティをいつでも急変させる能力を準備しておくことであり、不安定な状態で生きる方法ともいえる。そのためには、できるだけ身軽に生きることである。定住民としてのモノは抱え込まず、アイデア、経験、知識、人間関係、ノマド・グッズや財産だけを蓄積し、所有する意義は完全に切り離して、自己の存在意義を考えることである。
 

詳述すると、不動産の所有は最低限にとどめ、ノマドな財をできる限り所有すること、一つの会社だけに頼らないこと、さらには、一つの家族や言語だけに頼らないことである。
 
 
 
 
 

<企業のサバイバル>

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企業が、大変動からサバイバルするためには、常にアイデンティティを変化させる心構えが出来ていなければならない。大変動に備えるために潜在的に複数のアイデンティティを持ち、自社の名称だけはそのままに、まったく違ったことを生み出す能力が要求される。
 

市場規模が縮小した企業が、窮地に陥った挙句、企業活動を完全に変化させてサバイバルに成功した例はたくさんある。一般的にこうした企業は、これまでの活躍と繋がりのある分野で、新たな仕事を選択する。例えば入れ物から中身(付加価値は入れ物よりずっと大きい)への移行である。
 

また、しばしばこれまでの活動とは、まったく関係のない分野に進出する場合もある。海洋軍事産業から観光業、航空機産業からスポーツ産業、水処理産業から電話会社、銀行からエネルギー会社への変身などは、チャンスがあったからであろう。
 
 
 
 
 

<国家のサバイバル>

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すべての国家には、国家成立の手段とは別に、サバイバルする手段がなければならない。そのためには国家自体も、個人や企業のサバイバル原則を自らに適用しなければならない。国家のとるべき主な活動とは、こうしたサバイバル原則を適用していくことである。
 

国家が将来の危機からサバイバルするためには、次のことが要求される。時代に自らを映し出し、自国の歴史や自国が歴史を生き抜いてきた理由について深い理解を持つこと。自国の資産価値を上げること。国家の未来を示す長期計画を明確に掲げること。将来世代を含めた国民の生活を保護すること。
 

そのためには、家族政策と環境政策が必要になる。将来世代の負担によって現世代の幸せを実現するのでなく。公的費用や年金、必要なものを輸入するための安定的な財源を確保するべきである。これは予想される医療・教育・環境保全に対する費用の急増によって財政が悪化した後では極めて難しい。
 

すべての国家は、資源についても余裕をもって保有するべきである。つまりエネルギー資源、農産物、水資源、将来のテクノロジーに必要となる一次産品などの利用権をしっかりと確保することである。
 
 
 
 
 

<人類のサバイバル>

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最後の大量絶滅は、6500万年前の白亜紀末である。このとき、ユカタン半島に落下した隕石の衝撃により、恐竜を含むすべての生物種の85%が絶滅した、しかし、鳥類、カメ類、両生動物類など、小型哺乳類の大半はサバイバルした。このとき絶滅したサンゴが再生するには1000万年以上を要した。
 

これらの大量絶滅の一部の例からは、大気中の二酸化炭素濃度がわずかに変化するだけで、ほとんどすべての生物種が絶滅する恐れがあるのがわかる。
 

今日、問題を発生しはじめたエコロジーや気候変動、麻薬、パンデミック、遺伝子操作、世界戦争の危機により、人類の存続がまたしても脅かされている。次に掲げる人類自身の行いにより、人類は自滅する恐れがある。
 

人類が排出する公害、人口爆発、人類が引き起こす砂漠化、数百万年かかって蓄積された天然資源の枯渇、生物多様性・農地・海洋生物資源の破壊である。地球に関しては小惑星が地球に激突する危険性がある。いずれにせよ、地球は太陽とともにいずれ週末を迎えることが分かっている。
 
 
 
 

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