『異端のススメ』 林修 小池百合子 2013年12月 株式会社宝島社
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小池 1969年、アポロ11号の月面着陸をテレビで見ました。そのときの同時通訳のすごさに圧倒されました。日本語でも難しい専門用語が、次から次へと出てくる。私は、英語で身を立てていきたいなと思っていましたが、(略)その瞬間、この世界は無理だとさっさとあきらめましたね。
撤退ですね。英語はこれから普通の言葉になる、だからみんが持っている通常兵器。最新の兵器は、当時の私とってはアラビア語だとチョイスして、本能的に、英語+アルファの「アルファ」を、思い切りニッチな世界に飛んでしまおうと決めたのです。
父が小さいながらも経営者だったこともあり、何にでもチャレンジして新しいことや高いところへ突き進んでいかなければ、後退あるのみと常に言っていました。もう一つ言えば、人と同じだと叱られるのです。みんなと同じことをしていたら安心だけど、落ちるときもみんな一緒に落ちるだけだよ、と。
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小池 ビスマルクの言葉に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というくだりがあるけれど、自分が生きている時代なんて短いわけで、親や祖父、祖母のそれぞれの時代の経験―結果的にそれが歴史になるわけだけども―その術を、家族、子どもに教えないと蓄積されないなあとつくづく思いました。
林 日本に来ている留学生にその国の歴史を聞くと、だいたいちゃんと答えるんです。ところが日本人は「いや、僕は日本史を選択していない」「私、日本史やってないから知りません」と答える人が多い。少なくとも、大学教育を受けるレベルに自国の歴史をここまで知らない民族はいない。
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小池 私の場合は、まず、自分はいったい何をしたいのかなと自分に問います。そのときいったん自らを俯瞰してみるんです。デパートに行くと地図があって、トイレはここ、洋服売り場はここ、現在地はここ、と示されていますね。それと同じで、現在地を少し高所から見て、周囲を見下ろしてみて、自分の現在位置を確認するのです。
たとえばホテルなどで、朝食のバイキングを食べようとしたとき、手近な料理からお皿に載せると、あとでこんなおいしそうなものがあった、こんな珍しいものがあった、と焦りませんか。だから、まずぐるりとひと周り見て、何があるかを確認してから、自分が食べたいものを食べたい分だけ取るのが正解ですね。
つまり「敵を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆し。敵を知り己を知れば百戦殆からずや」です。全体を見て、それから自分を見て、そのうえで「さあ、どうしますか」という作業を、本能的にできる人とできない人とでは、結果が少し違うのではないでしょうか。
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林 もともと経済学部に行きたかったんです。でも周りから「”東大、法学部”と切るからいけない。”東大法学部”で一語なんだ」とか言われて、揺らいだことで法学部に進学してしまった。ところが、法学を真剣に勉強し始めたら、これが死ぬほど向いていないことに気づいた。大失敗もいいところです。
だから、大きな選択ミスをしたという思いをずっと抱えていたんです。経済学部と法学部の選択ミスがあって、そのうえで長銀とシンクタンクの選択ミス(長銀に入社)を重ねたと思っていたんで、辞める決断が早かったんだと思います。「過ちを改むるに憚ることなかれ」です。
振り返ると、僕はずっと、自分の可能性を消して生きてきたように思うんです。アナリストになれず、株でも大失敗して「それじゃあ、自分は何がうまくできるだろう」と考えたとき、日本語を使っていろいろやると、うまくいくところがあって、その後はずっとそれをやってきたわけです。
昔から運はいいという自信はありました。さらに、つながった縁はとにかく大事に、できるだけ恩を返すようにしてきたんです。運、縁、恩、この3つを大切にして生きてきました。
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林 家でどういうふうに育てられたかの影響が思っている以上に大きいとなると、今、おじいちゃん、おばあちゃんが同居している家も少なく、お父さん、お母さんが忙しくて手が回らない中で、生き方をきちんと教えてもらえないまま、大人にならざるを得ないのではないかと思ってしまう。
単純に所得で決まるという話ではないことはもちろんですが、育った家庭が人生を決めたという自覚を持っているので、一人ひとりのお子さんに愛情をたっぷり注いで、丁寧に育ててほしいと祈るばかりです。よく言われますが、こどもに罪はないし、なんとかいい社会になってほしいですから。
東大時代に、「なんて優秀なんだ」と思った人たちが官僚になっています。
僕は彼らとの争いを避けて民間に行きました。だから、もし官僚がダメだということになると、それに負けた僕はもっとダメということになるので、彼らには活躍してもらわないと困るんです。彼らが頑張ってこの国をよくしてくれると、僕としても納得ができる。絶対に、優秀な人たちがいるはずなんです。
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林 僕が勝手に名前をつけたのですが、「在宅勤務法」みたいなのを作って、週に1日、2日家に男を帰してしまえば、奥さんといる時間も増える。ついでに中国の一人っ子政策ならぬ二人っ子政策を推奨する。2人の人間から1人の子どもでは絶対に人口が減るので2人を目指すんです。
小池 今、まさに2020年に出生率を2.0にしようと狙っています。フランスはその目標を掲げ、実施し、達成しました。国が意思を持ってやったということです。2人目、3人目は税金を軽減するなどの総合政策です。フランスのライバルはドイツであることもバネにしています。
小池 ドイツは長い目でみると滅びる国だとフランス人が言っている(笑)。その理由はドイツには子どもがいない、少子化だからだ、と。フランス政府はそこに、目標を決めたんです。
林 上手に使いましたね。ヨーロッパはそういう利用の仕方に長けていますよね。
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小池 政治の最大の責任は、国民にどう、「希望」を抱いてもらうか。希望が持てない国は最悪だと思います。どんなに貧しい国でもそこに希望を持っている国民がいれば、その国は伸びます。逆に、そんな裕福な国でも、若者に将来の希望がなければ、衰退へとつながります。
いつも申し上げているのは、できるだけ大きな希望を、大志を抱け、です。(略)実は、大志は口に出して言ったほうがいいんです。その上で、大志をできるだけ小分けにした「小志」を書き出して、部屋に貼る。一つひとつ実現して、できたら自分にご褒美をあげる。
私の場合、町の高いところに上がって「ワーッ」と叫ぶという、極めてばかばかしい、でも個人的にはとても意味のある儀式をやっていました。そんなことが思い出にもなります。
そうした儀式を重ねていって、ああ、ここまでできたと、一歩ずつ歩んでいけばいいのです。最初、無謀で、どこまで飛べるかわからないかもしれないけれども、少しずつ、また次、また次と歩んでいけば、大志をいつの間にか達成しているものです。
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林 閉塞感のなかであきらめてしまう人もすごく多いと思うのですが、時にはその閉塞感が人生には必要であることもあります。僕には、若い頃に本当によくわからないことをしていて、失敗ばかりしていた時期があるのですが、あそこで大負けすることが必要だった、大負けしてよかったとも思っているんです。
僕はいつも「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」と、ものごとを3つに分けます。やりたいことは基本的にお金を払って趣味でやればいいと。やるべきことはやるべきなんだから、これは好きだの嫌いだの言ってはいられない。そして、仕事は「やれること」を選んで、お金を払う人に対して責任を果たしていかなければならない。
だから、若いときにカッコいいからと手を出したいくつもの仕事を「やりたい」からと続けていたら、今、どうなっていたか。結果がでない以上仕方がないと、スパっとあきらめて、「”やれること”は何か?」と切り替えていたから、今があると思います。
そして、見ていると、運を逃がしている人が多い。せっかく運が来ているのに、逃してしまう人です。「あなたはそれをやりたいかもしれないけど、それをやっていると運は来ない。こっちのことをやったら、ずっとあなたに向いていて、運も来やすいと思いますよ」そんなふうに見ていることは多いです。