『自助論』 サミュエル・スマイルズ 1858年7月
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「天は自ら助くる者を助く」。自助の精神は、人間が真の成長を遂げるための礎である。外部からの援助は人間を弱くする。自分で自分を助けようとする精神こそ、その人間をいつまでも励まし元気づける。
立派な国民がいれば政治も立派なものになり、国民が無知と腐敗から抜け出せなければ劣悪な政治が幅をきかす。国家の価値や力は国の制度ではなく国民の質によって決定されるのである。
国家の価値や力は国の制度ではなく国民の質によって決定される。一人一人が勤勉に働き、活力と正直な心を失わない限り、社会は進歩する。怠惰とエゴイズム、悪徳が国民の間にはびこれば社会は荒廃する。
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ベーコンはこう語っている。「現実生活をよく観察すれば、学問によらずとも学問にまさる知恵を身につけることができる」。人間を向上させるのは文学ではなく生活であり、学問ではなく行動であり、そして伝記ではなくその人の人間性なのである。
シェークスピアが劇作家として名をなす前の職業についてはいまだに不明である。父が家畜解体業と牧畜業を営んでいるため、若いころは、羊毛を梳(す)く仕事をしたともいわれる。学校の門番で働いた後、ある公証人のもとで書記をやっていたという説もある。
実際、シェークスピアは一個人の人格のみならず、あらゆる人間の縮図をその人間性の中に持ち合わせていたかのようだ。作品中に出てくる船員用語があまりにも正確なので、船に詳しい作家の一人は、シェークスピアが船乗りだったにちがいないと主張する。
シェークスピアは、その人生を通じて数多くの役を演じてきたといえよう。しかも、広い分野で経験と観察を積み、そこから驚嘆に値するような博識を得た。彼は何事も注意深く学び、熱心に仕事に励んだにちがいない。だからこそ今日まで彼の作品は、われわれの性格形成に強い影響を与えつづけているのである。
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人間の進歩の速度は実にゆっくりしている。偉大な成果は、決して一瞬のうちに得られるものではない。そのため、一歩ずつでも着実に人生を歩んでいくことができれば、それを本望と思わなければならない。
作物を刈り取るには、まず種をまかなくてはならない。その後は、収穫の時期がくるのを忍耐強く待ちつづける必要がある。そして多くの場合、いちばん待ち望まれる果実ほど実を結ぶのはいちばん遅い。東洋のことわざにあるように「時間と忍耐は桑の葉をシェス(サテン)に変える」ものなのだ。
根気強く待つ間も、快活さを失ってはならない。快活な精神は優れた資質であり、それはどんな不幸や失望にもへこたれない力を与えてくれる。快活さを失わず努力することは、成功への土台となる。
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ニュートンは足もとに落ちてきたリンゴのおかげで万有引力の法則を考えついたと伝えられている。この話は、偶然が大発見につながった例としてしばしば引き合いに出される。
だが、ニュートンは、それまで長年のあいだ重力の問題に専心し、こつこつと研究を重ねていたからこそ、目の前にリンゴが落ちるのを見てインスピレーションが閃き、万有引力の法則を理解するに至ったのである。
世間では、偉人が浮世離れした問題のみ扱っていると考えがちである、だが、むしろ彼らは誰にもなじみ深い平凡な事物をよく観察し、そこにひそむ意味を汲み取ろうとする。ありふれた事物の背後にある本質を深く理解するところに、偉人の偉人たる最大のゆえんがあるといえるだろう。
最初はさしたる重要性も持たないと思われたものが、後に大きな役割を果たすようになる場合も多い。古代ギリシャの数学者アポロニオスは当時すでに円錐曲線を定義づけていた。だがこの定義が航海術に実用化されるには、二千年という気の遠くなるような歳月を必要とした。
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考えてばかりいないで実践してみなさい。ただし、忍耐強く正確にやってみること。
最短の近道はたいていの場合いちばん悪い道だ。だから最善の道を通りたければ、多少なりとも回り道をしなくてはならない。
ナポレオンの好んだ格言「最高に真実なる知恵は、毅然とした決断なり」。ある時、軍隊の行く手をアルプスがはばんでいると報告を受けると、ナポレオンは「それならアルプスを片づけてしまおう」と豪語した。
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ゆっくり歩む者の方が、息長く遠いところまで進んでいける。一度に一つの仕事しかしない人間の方が、むしろ誰よりも多くの仕事をする。
どんなビジネスにも、それを効率よく運営するのに欠かせない原則が六つある。それは、注意力、勤勉、正確さ、手際のよさ、時間厳守、そして迅速さである。
ビジネスでは人間の善し悪しが厳しく問われる。正直かどうか、公正かつ誠実に行動できるか、このような試験にパスしたビジネスマンは戦火をくぐり抜け自らの勇気を証明した戦士と同様、高い尊敬に値する。
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わずかな仕事でも完璧にやってのけるほうが、その十倍の仕事を中途半端にすませるよりはるかにましだ。
金儲けや貯蓄、支出、金銭の授受や貸し借り、財産遺贈などが正しく行われているかどうかを見れば、その人の人格の完成度もおおよその見当がつくのである。
キリストは節約の精神を「残りものは拾い集め、少しのムダもないようにせよ」という言葉でいい表した。全能のキリストの言葉だ。
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人間の行動は完全に滅びたりしない。たとえ肉体は露のごとく消え去っても、善悪の行動はそれぞれに相応の実を結び、将来の世代に感化を与えていくだろう。
目の前にナシが置かれていて辺りに人気がなければ、くすねてしまう子供もいるかもしれない。だが少年は誰もいないところでさえナシを盗んだりしなかった。彼はこう答えた「いいえ、そこには人がいました。ぼくが自分の目で見ていたんです」
貧しくとも心豊かな人は「何も持っていないようでいて、実はすべてを得ている」。その生活は希望に満ち、何一つ恐れるものがない。反対に心貧しき金持ちは、何でも手にいるが実際は無一文同然だ。その生活には希望すらなく、心は恐怖で満たされている。