2030年ジャック・アタリの未来予測

『2030年ジャック・アタリの未来予測』 ジャック・アタリ 林昌宏/訳 2017年8月 株式会社プレジデント社
 
 
 
 

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世界中で、自由を名目に市場のグローバル化が容認された。つまり、マネーが社会を支配することが放置されたのだ。そのような社会では、すべての価値は価格で表示され、エゴイズムと貪欲さだけが掟となり、裏切りと破壊が横行する。
 

ところが、個人並びに社会全体に安全や自由をもたらすはずの法律がグローバル化されることはない。地球政府が誕生して、市場に法秩序を遵守させるようなことは起こらない。自然破壊や気候変動を促す生産活動を制限したり誘導したりする規則は一切ない。富の偏在を解消させる仕組みは存在しない。
 

ようするに、他者の幸せは自分の得になるのだと、人々にわかってもらえるような社会的な雰囲気にはならないのだ。以上が、この時代の諸悪の根源である。そしてこうした説明は、今日、経済分野だけでなく、すべての分野にあてはまる。
 
 
 
 

2
すべての国は公的債務の解決を先送りにし、歳入が不足しているのにもかかわらず、公的債務によってあらゆるものをファイナンス(資金調達)している。こうして世界の公的及び民間の債務は2008年に57兆ドルに達し、2014年には世界のGDPのおよそ300%に相当するようになった。これは史上最大である。
 

先進国の公的債務の対GDP比は、2001年の71%から2013年の100%へと増加した。日本の公的債務は、1990年の59%から2016年の230%へと急増した。膨張する公的債務の一部は中央銀行が引き受けた。その割合は、アメリカが16%、イギリスが24%、日本が22%だ。
 

2016年、ヨーロッパ諸国をはじめ多くの国は似たような状況にある。低金利によって自国の債務の現状をごまかしているにすぎないのだ。イタリア、ポルトガル、そしてまもなくフランスも財政破綻という暗礁に乗り上げる恐れがある。
 
 
 
 

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2015年10月ごろから、2016年5月ごろにかけて、G20諸国は、貿易自由化措置を100件採用する一方で、貿易制限措置を145件導入した。どの国も他国企業との比較優位をこれまで以上に厳しく罰するため、報復合戦が始まっている。
 

国境の解放と移民について最も否定的な意見を述べ、ナショナリズム政党を支持する傾向があるのは、収入が低迷している人々だ。アメリカではこれらの人々の50%以上は「外国の財とサービスの流入により国内の雇用が減少する」という主張に共鳴し、収入の増えた人々はそうした主張に与しない。
 

保護主義を求める声は、ヨーロッパとラテンアメリカのほぼ全域で聞かれる。保護主義の台頭こそが、大危機の前兆なのである。
 
 
 
 

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技術進歩により、気候変動の問題も解決されるに違いない。というのは二酸化炭素を排出するエネルギー源を利用する必要がなくなるからだ。そして社会はエネルギー消費量を大幅に減らしながら、エネルギー浪費型から情報管理型へと変わる。
 

技術進歩により、水資源の問題も解決できる。さらには、ほぼ無償の財とサービスを普及させることに基づく共有経済(シェアリングエコノミー)や、生命の人工化を可能にする不死により、希少性(ゆえに、その管理を担う資本主義や市場経済の必要性)が減ることさえありうる。
 

最後に、資本が世界を自由に駆けめぐり、新たな金融テクノロジーが登場すると、資本家は最も収益性の高いところに投資するようになる。つまり、おもに経済成長率の高い新興国に対する投資が加速するのだ。新興国の力強い経済成長は、先進国の需要を喚起する。
 

ところが、実際にはこうした信仰は幻想だ。これらだけで、利己主義がはびこる社会の逸脱や、地球規模の法整備のなさがもたらす害悪を補うには不十分である。不死という希望はまやかしとして現われ、無秩序は大混乱に変わるだろう。
 
 
 
 

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世界経済が審判のいない市場に支配され続ける限り、それらの(技術進歩によるポジティブな)要素は権力者たちに横取りされ、現在の不均衡を悪化させるだけなのは理論的に明白だ。まず、技術進歩がどれほど魅力的であっても、技術進歩によって雇用は破壊され、富の更なる集中が加速する。
 

消費を喚起するためには、政府や中央銀行の行動(政府は公的債務を膨張させる一方、中央銀行は国や人々への融資を実行させるために、資金を際限なく銀行に貸し出す)だけでは不十分だ。なぜなら、国民は未来に不安を抱いているため、余ったお金は消費するよりも貯金しようとするからだ。
 

さらに、地球規模の法整備がないために、自由というイデオロギーが引き起こす利己主義、自分勝手、人生の意義の崩壊が激化する。利他主義と私利私欲のない行動が登場するだけでは、勢力を拡大しつつある無秩序な力を押しとどめることはできない。
 

世界が地球規模の法整備のない状態でマネー崇拝と利己主義というイデオロギーに支配され続け、われわれが自分たちの精神と「歴史」の方向性を軌道修正するために迅速に行動しなければ、調和のない世界になるどころか危機が次々と訪れるだろう。
 
 
 
 

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市場が民主主義を凌駕するという理論が語るように、企業はそれらの国家よりもさらに強力になる。トップ企業の売上高は大国のGDPを上回る。たとえば、アップル社の売上高は、2024年に4兆5千億ドルに達する(この会社が過去10年の成長率を維持した場合)。
 

これは、2015年のフランスのGDPの二倍以上であり、2030年のインドのGDPの半分以上に相当する。2025年の『フォーチュン500』にランキングされる上位6社(アップル、フェイスブック、アマゾン、グーグルなど)の売上高は。各社とも1兆ドルを超えるだろう。
 

2035年ごろに世界の公的債務は世界のGDP比で98%になる。2030年のアメリカの公的債務のGDP比は116%、日本は264%、ユーロは97%だろう。公的債務の膨張により、金融関係者には巨額の資金が提供されるため、資産価格は期待収益とは関係なく急騰する(バブルの発生)。
 
 
 
 

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たとえば、民主主義の社会では、長期的な課題に対処できない、不人気な決定は下せない、技術進歩を一部の人のためにしか利用できない、気候変動に対応できない、移民を制御できない、国民の声を広く反映させられない、富や権力の集中を解消できない、市場の力を緩和できない。
 

そのような民主主義に対する批判の矛先は市場にも向かう。多くの人々は次のように説く。すなわち、労働と消費の自由は幻想でしかない、超富裕層だけが優遇される、知的所有権が保護されない、経済成長がない、雇用が不安定である、環境破壊が進む、暮らしはますます厳しくなる…
 

自由は、悪魔的な部分をさらけ出す権利ともみなされる。つまり、それは自身の本性であり、自意識や自己の尊重の拘束から逃れ、極悪非道になる、不寛容になる、自虐的になる、他者を攻撃するなどの、自由になる権利だという解釈だ。そうした激しい感情が逆に自由に遅いかかる。
 

こうして激しい暴力や宗教原理主義に基づくラディカルなエコロジーというイデオロギーが登場する。民主主義が否定され、全体主義が復活する。脱宗教や、原理主義を口実に民主主義と決別する準備が整う。
 
 
 
 

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これまでに述べたことから判断すると、最悪の事態が起こる可能性は極めて高い。その場合、2030年までに大きな危機や壊滅的な戦争が起こる。そして、世界的な危機や戦争は、人類に不可逆的な被害をもたらす。
 

われわれにとって他者の幸福は、他者の悲しみよりも有用であることを理解しなければならない。民主主義が機能するのは、国内だけであるため、民主主義はまもなく幻想になると覚悟しておく必要がある。そして民主主義と市場は近視眼的な要求により逸脱するかもしれないと心得ておくべきだ。
 

次に、自分たちの憤懣を怒りではなく、利他主義へと誘導するのだ。そして、協力は競争よりも価値があり、人類は一つであることを理解すべきだ。そうした認識があれば、人類の倫理と政治組織を高度な次元に移行すべきだという自覚が、われわれの中に芽生えてくるだろう。
 
 
 
 

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