『アルゴリズムが世界を支配する』 クリストファー・スタイナー 訳/永峯涼 2013年10月 角川書店
2月5日、NYダウが一時1500ドル超下落、史上最大の下げ幅になった。現代のマーケットは、アルゴリズム同士の戦いを人間が眺めている状態だと著者はいう。その結果、株価は経済の動きや企業業績などを材料にして動くはずが、最近は自律的に動いて「逆に」経済や企業や人を振りまわすようになった。AI社会はこうなるであろうではなく、すでにいろんなところに顔を覗かせている。2018/02/12
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(1987年)当時のピーターフィーは、まだ賭けだしに過ぎなかった。しかし彼のトレーディング・ボリュームは急速に大きくなっており、利益もうなぎ上りだった。ジョーンズ(ナスダック検査官)は、ピーターフィーのような人間がどうやってマーケットで勝ち続けることができるのか、いつも不思議に思っていた。精鋭トレーダーを雇っているのか?
ジョーンズは、ピーターフィーがトレーダーなんかではないということを知らなかった。実は、彼はコンピューター・プログラマーだったのだ。彼は他のトレーダーたちの表情や、マーケットのムードや、景気動向によって取引をしたりしない。
ピーターフィーはプログラムを書いた。それらはアルゴリズムを作り上げ、彼のトレーディング・オペレーションを、小さいながらもウォールストリート随一の儲かる会社にしていた。彼は、ウォールストリートに登場した新種のトレーダーたちの頂点を占める一人だった。
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ピーターフィーの編み出したシステムは、ネットワークを通じてナスダック端末に流れ込んでくる注文データを取り出し、それを自作の基板につなげていた。
PCがデータを受け取るとアルゴリズムがマーケットを分析してすばやく売買の判断を下す。するとその注文内容が、今度はナスダック端末に流れた。つまり、ナスダックのデータをハッキングしていたのだ。
ジョーンズ(ナスダック検査官)はあっけにとられて立ち尽くしていた。「このIBMパソコンはナスダック端末と切り離すこと。そしてすべての売買注文はひとつひとつ、キーボード入力しなければならない、他の顧客と同様にだ」。ナスダックは1週間の猶予を与えた。
ピーターフィーとその優秀なチームは、ナスダック画面に映しだされる情報を拡大するために、大きなフレネルレンズを画面に取りつけ、カメラを設置した。数日のうちに、ピーターフィーとプログラマーたちはカメラから送られてくる画像データを解析するプログラムを書き上げた。
IBMパソコンに新しいケーブルが接続された。それはナスダック端末のキーボードの上に浮かぶ金属製のロッドやピストンやレバーと接続されていた。注文内容がコンピュータから送られてくると、装置に取りつけられたロッドが猛スピードでナスダック端末のキーボードを叩きはじめた。
それは一から手作りされた自動パンチングマシンだった。
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アルゴリズムとは無数の二者択一からなる巨大なデシジョン・ツリーだ。アルゴリズムのツリーはインプットされた情報に数式や方程式を当てはめ、導き出された情報をさらなるインプット情報として取り上げる。この繰り返しで、気が遠くなるほど繊細で複雑な情報の糸が連綿と続くのだ。
ここでアルゴリズムは、データを精査してマーケットの動きを読み取り、はじき出したオーダーは人間ではなく別の機械が執行する。つまりピーターフィーは人間同士のコミュニケーションではなく、機械同士のコミュニケーションが重要視される金融システムを作り出したのだ。
このフェーズ・ツーのテーク・オーバーが全米のマーケット・システムに広まるには、この後十年以上の年月がかかるのだが、ピーターフィーとナスダックのこの一件がすべてのはじまりだった。
この後、アルゴリズムはフェーズ・スリーへと進化を遂げていく―そこではアルゴリズムはご主人様である人間の手を離れて独立し、場合によっては自分でアルゴリズムを書くようになる―そしてここに、ボットのテーク・オーバーが達成されるのだ。
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大口オーダーに乗じて儲けようとするトレーダーに対抗するため、投資信託会社や機関投資家はプログラマーを雇い、大口取引を複数のランダムな小口取引のように見せかけるアルゴリズムを展開するようになった。これはステルス技術に少し似ている。
ステルス機は飛行機を、何百もの小さな破片のようにレーダーに感知させることによって、鳥か雲か、何かの残骸のように見せかける。しかし、その後ロシアが鳥の群れと80トンの金属とを識別する方法を発明した。同じことがウォールストリートにも起こった。
大口取引を小口に見せるアルゴリズムに当初はだまされたトレーダーたちは、じきに小口に見せかけた大口取引を見つけ出す複雑なアルゴリズムを開発した。すると、大量の株を売買する投資信託会社や機関投資家はトレーダーのアルゴリズムを上回るアルゴリズムを開発する。
現代のマーケットは、アルゴリズムという名の古代ローマ戦士の闘いを、人間がコロシアムで眺めているような状態になっている。株式市場の本来のミッション--発展途上の企業の資金調達を容易にし、一般市民には有意義な資産形成の場を提供する--からはかけ離れてしまっている。
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人類はアルゴリズムという言葉が生まれるずっと前から、アルゴリズムを発明し、改良し、共有してきた。アルゴリズムを理解するのに、(略)数学の知識は必要ない。バビロニア人は法律にアルゴリズムを採用していた。医師は昔から病気の診断をアルゴリズムに頼っていた。
アルゴリズムの中核をなしているのは理想的な成果を上げるために機械的に発せられる一連の指図だ。とあるアルゴリズムに、とある情報をインプットすると、回答がアウトプットされる。
アルゴリズムという言葉は、九世紀のペルシャの数学者アル=フワーリズミーからきている。中世の時代、学者たちがアル=フワーリズミーの研究をラテン語で広めた際、彼の名前が「アルゴリズム」と訳され、それがそのままシステマチック/オートマチックな計算手法を指すようになっていった。
何千年も前に開発されたアルゴリズムの中には現代社会で日常的に使われているものもある。多くのウェブサイトや無線ルーターをはじめとする、パスワードやユーザー名を暗号化しなければならないあらゆる場面において、古代ギリシャの数学者、ユークリッドが着想したアルゴリズムが使われているのだ。
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ゴットフリート・ライプニッツは誰よりも早く人工知能というものを発案していた。彼は、認知的思考や論理は、一連の二者択一の選択肢にまで分解することができると述べている。思考が複雑であればあるほど、それを説明するための、いわゆるシンプルな概念が必要となってくる。
それに対し、複雑なアルゴリズムは、シンプルなアルゴリズムの膨大な積み重ねだ。論理は、巨大な鉄道ネットワークの一部をなすひとつのポイントのように細かく分解していくことができる。
論理が一連の二者択一の選択肢に分解できるのなら、たとえそれが厖大な数になったとしても、それを選択するのが人間である必要はないのではないか?
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ブール代数は当時十七歳だったジョージ・ブールが草地を散歩しているときにひらめいたものだ。なんらかの代数記号を使うことにより、理論言語、思考言語を定義できないかというアイデアが突然わいてきたのだ。それは人間が持つ合理性の内部構造を分解・分析する手法だった。
このアイデアは後に世界に革命を起こしただけでなく、ブール自身の人生にとっても非常に重要なものとなったため、彼は無意識が持つ能力について研究しようとしたほどだ。人間の潜在意識は最強のツールであることは今では科学的に証明されているが、当時それを唱える人間はいなかった。
ブールは人間の思考をあらわす記号を作り出した、if, and, or, not だ。これらは掛け算や割り算といった普通の算数問題にも当てはめることができる。ブール代数はコンピューターの設計に不可欠な理論であり、これなしでは無限に続く複雑なアルゴリズムは実行不能だったろう。
当時、ブールの論文は世界を揺るがすことはなかった。数学者たちを含め、論理的算法に詳しい人間は英国にいなかったのだ。それに、アルゴリズムを実行できる機械やコンピューターのない時代では、ブール代数を実用化する手段も、存在しなかった。
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芸術や革新、言葉、今までにない事業戦略、世界を変えてしまうような製品、こういった分野はアルゴリズムの及ぶ範囲ではないと考えられてきた。こうした分野にたずさわる職業は高い社会的地位と高給で遇され、他の業界と比べて自由で融通がきくと見なされている。
知識人たちは、じわじわと浸透しつつあるボット革命が自分たちの領域を侵すことはないと思い込んでいる。創造力とは形のないもので、人に教えることもできなければ、まして、機械が実行できるようなものでもない、と考えられている。
しかし現在は、ブラームスやバッハ、モーツァルトといった巨匠たちのように大胆かつ独創的な曲を作ったり、大型店舗のBGMで流れているようなポピュラーで覚えやすい曲を生み出すことができるアルゴリズムが存在している。そのうちのひとつには、アニーという名前がつけられている。
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2004年、ミュージシャン兼ライターのベン・ノヴァックは当時の懐具合にあった車、1993年型ニッサン・ブルーバードを運転していた。彼はBBCに周波数を固定してラジオ聴いていたが、スペインで開発されたという、ヒット曲を予想する技術についてのリポートを聴き逃がさなかった。
50ドル支払えばアップロードした音楽ファイルをアルゴリズム分析してくれるという。ノヴァックは数年前「ターン・ユア・カー・アラウンド」という歌を作っていた。自分では大きな可能性があると信じる自信作だ。彼は家に戻り、その歌をウェブサイトにアップロードした。
やがて回答が画面に表示された。サイトの裏で稼働するアルゴリズムは、歌の評価に合わせて点数を付ける。6.5点以上はヒットする可能性があり、7点を超えればポップチャートのランクインにつながる可能性があることを示した。ノヴァックの歌には、なんと7.5の評価がついていた。
「その曲には明らかに何かがあった」サイトを経営していたマイク・マクレディは言う。「うちの社員たちは、繰り返し何度も何度も聞いていたよ」。マクレディいくつかのレコード会社に連絡し、曲を聴いてもらった。ノヴァックがウェブサイトに曲を載せてから二週間後、電話がなった。