『人を動かす』 デール・カーネギー(1937年)(原題:How to Win Friends and Influence People)
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人を非難するのは、ちょうど天にむかってつばをするようなもので、必ずわが身にかえってくる。
およそ人を扱う場合には、相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということを、よく心得ておかねばならない。
心から賛成し、惜しみなく賛辞をあたえよう。相手はそれを心の奥深くしまいこんで、終生忘れないだろう。与えた本人が忘れても、受けた相手は、いつまでも忘れないでいつくしむだろう。
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お父さんは考えた。これまでわたしはお前にずいぶんつらく当たっていたのだ。お前が学校に行く支度をしている最中に、タオルでちょっと顔をなでただけだといって、叱った。靴を磨かないといって、叱りつけた。また、持ち物を床に放り投げたといっては、どなりつけた。
お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。(略)お前がこのお父さんにとびつき、おやすみの接吻をしたとき、そのことが、お父さんにははっきりわかった。ほかのことは問題ではない。お父さんはお前に詫びたくて、こうしてひざまずいている。
お父さんとしては、これが、お前に対するせめてものつぐないだ。(略)明日からは、よいお父さんになってみせる。お前と仲よしになって、一緒に喜んだり悲しんだりしよう。小言を言いたくなったら舌をかもう。そして、お前がまだ子供だということを忘れないようにしよう。
(この『父は忘れる』という文章は、”ピープルズ・ホーム・ジャーナル” 誌の論説として発表され、後に “リーダーズ・ダイジェスト” 誌が要約して掲載し、アメリカ社会で大きな反響を呼んだ、として紹介されている)
人を批難するかわりに、相手を理解するようにつとめようではないか。どういうわけで、相手がそんなことをしでかすに至ったか、よく考えてみようではないか。そのほうがよほど得策でもあり、また、面白くもある。そうすれば、同情、寛容、好意も、おのずと生まれ出てくる。
3
人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない。この事実に気づいている人は、はなはだ少ないように思われる。しかし、人を動かす秘訣は、間違いなく、一つしかないのである。すなわち、みずから動きたくなる気持ちを起こさせること、これが秘訣だ。
人を動かすには、欲しているものを与えるのが、唯一の方法である。20世紀の偉大な心理学者、ジグムント・フロイトによると、人間のあらゆる行動は、二つの動機から発する。すなわち、性の衝動と、偉くなりたいという願望とがこれである。
アメリカの一流の哲学者であり教育者でもあるジョン・デューイ教授も、同様のことを、少し言葉をかえていい表している。つまり、人間の持つ最も根強い衝動は、”重要な人物たらんとする欲求” だというのである。
英国の小説家ディケンズに偉大な小説を書かせたのも、十八世紀の英国の名建築家サー・クリストファー・レンに不朽の傑作を残させたのも、また、ロッフェラーに生涯かかっても使いきれない巨万の富をなさしめたのも、すべて自己の重要感に対する欲求である。
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ある晩餐会の席上で、高名な植物学者に会った。私は彼の話にすっかり魅せられ、何時間も植物の話を聞いた。私は皆に別れを告げた。すると、植物学者は、その家の主人に向かって私のことを褒めちぎり、しまいに私は「世にも珍しい話し上手」ということになってしまった。
我々は実にいい加減な動機から、いろいろな信念をもつ。だが、その信念を誰かが変えさせようとすると、我々は、がむしゃらに反対する。この場合、我々が重視しているのは、信念ではなく危機にひんした自尊心なのだ。
控え目に意見を述べると、相手はすぐ納得し、反対するものも少なくなった。
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ナポレオン三世は、政務多忙にも関わらず、紹介されたことのある人の名は全部覚えていると公言していた。
彼の用いた方法は、相手の名前がはっきり聞き取れない場合には、「すみませんが、もう一度いってください」と頼む。もし、それが、よほど変わった名前なら、「どう書きますか」とたずねる。相手と話しているうちに、何回となく相手の名をくりかえし、相手の顔や表情、姿などと一緒に、頭のなかに入れてしまうように努める。
もし、相手が重要な人物なら、さらに苦心を重ねる。自分ひとりになると、早速メモに相手の名を書き、それを見つめて精神を集中し、しっかり覚え込んでしまうと、そのメモを破り捨てる。こうして、目と耳と、両方を動員して覚え込むのである。
エマーソンの言を借りると「良い習慣は、わずかな犠牲を積み重ねることによって作られる」ものなのである。
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契約期限が切れ次第アパートを出る、と頑固で評判の家主に手紙を出した。ほんとうは、家賃を安くしてくれさえすれば、そのままここにいたかった。家主がやってきた。わたしは快活な笑顔で迎え、心からの好意を示した。
家賃が高いなどとは言いださない。まず、このアパートが気に入っているのだと話し始めた。実際、わたしは惜しみなく褒めたたえたのだ。しばらくすると、家主は自分の苦労話をぼつぼつ話し始めた。家主の方から間代を下げようといった。
そのうえ彼は「部屋の装飾を変えてあげたいのですが、何かご注文はありませんか」といって帰っていった。
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第28代アメリカ大統領ウィルソンが在任中、エドワード・ハウス大佐は国内及び外交の諸問題について大きな影響力を持っていた。大佐はどういう方法で大統領の信頼をかち得たか?
ハウス大佐は語る。「ある日、わたしは大統領を訪ね、ある問題について論じ合った。彼は反対のようだった。ところが数日後、彼の発表した意見は、前にわたしが話したのとそっくり同じだった」。
ハウスは「それは大統領の意見ではないでしょう。もともとわたしの意見です」と反論したか?大佐はけしてそうはいわなかった。どこまでも大統領のものと、他のものにも思わせた。大統領に花を持たせたのだ。
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ほめことばは、人に降りそそぐ日光のようなものだ。それなしには、花開くことも成長することもできない。われわれは、事あるごとに批判の冷たい風を人に吹きつけるが、ほめことばいう温かい日光を人にふりそそごうとはなかなかしない。ジュス・レアー
本書の原則は、それが心の底から出る場合に限って効果をあげる。小手先の社交術を説いているのではない。新しい人生のあり方を述べているのである。人を変えようとして、相手の心の中に隠された宝物の存在に気づかせることができたら、単にその人を変えるだけでなく、別人を誕生させることすらできるのである。
われわれの持つ可能性に比べると、現実のわれわれは、まだその半分の完成度にも達していない。われわれは、肉体的・精神的資質のごく一部分しか活用していない。概していえば、人間は自分の限界よりも、ずっと狭い範囲内で生きているにすぎず、いろいろな能力を使いこなせないままに放置しているのである。ウィリアム・ジェームス