アメーバ経営(稲盛和夫)

『アメーバ経営 ひとりひとりの社員が主役』 稲盛和夫 2006年 日本経済新聞出版社
 
 
 
 

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アメーバ経営は世間でもてはやされているような経営ノウハウではない。アメーバ経営はやり方だけを真似してもうまく機能しない。その理由は、アメーバ経営は経営哲学をベースにした会社運営に関わるあらゆる制度と深く関連するトータルな経営管理システムだからである。
 

アメーバ経営には、大きく分けると次の三つの目的がある。第一の目的 市場に直結した部門別採算制度の確立。第二の目的 経営者意識を持つ人材の育成。第三の目的 全員参加経営の実現。
 

めまぐるしく変化する市場においては、製品をつくっていく過程で、タイムリーに原価を管理する必要があった。経営者にとって必要なものは、会社はいま、どのような経営状態にあり、どのような手を打てば良いのかを判断できる「生きた数字」である。
 
 
 
 

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会社を設立したころ、何を基準に判断すべきか頭を悩ます日々が続いた。悩みに悩んだ末に私は、経営における判断は、世間でいう筋の通ったこと、つまり「人間として何が正しいのか」とういうことにもとづいて行わなければならないことに気づいた。
 

つまり、「人間として何が正しいか」という基準を会社経営の原理原則として、それをベースにすべてを判断することにした。それは、公平、公正、正義、勇気、誠実、忍耐、努力、親切、思いやり、謙虚、博愛というような言葉で表される、普遍的な価値観である。
 

私は経営に無知であったがゆえに、いわゆる常識というものを持ち合わせていなかったので、何を判断するにも、物事を本質から考えなければならなかった。だが、そのことがかえって、経営における重要な原理原則を見出すもとになったのである、
 
 
 
 

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創業間もないころ、私は経理の専門家に今月の決算はどうなっているのか尋ねた。彼は説明してくれるが、その方面に疎い私にはよくわからない。何度も質問を繰り返したあげく、「わかった。手っとり早く言えば、売上を最大に、経費を最小にすればいいんだ。そうすれば利益が自ずと増えるわけだ」と言った。
 

経営についてまだ素人だったため、かえって物事の本質をシンプルに見抜けたのだろう。このときに私は、「売上を最大に、経費を最小にする」ことが経営の原理原則であることに気づいた。
 

この原則について話をすると、「そんなことはあたり前でしょう」と言う人が必ずいる。だが、この原則こそ、世間の常識を超えた、経営の神髄といえるものである。この原則からすれば、売上はいくらでも増やすことができるし、経費も最小にすることができるはずである。
 
 
 
 

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当時の従業員の大半を占める製造部門は、(略)売上を増やすことには関心も責任も感じていなかった。「売上を最大に、経費を最小にする」という原則からすれば、各工程において経費を最少にすると同時に、売上を最大にするように努力してもらわなければならない。
 

たとえばファインセラミックスの製造工程は、原料、成形、焼成、加工などに分けられる。この各工程を、ひとつのユニットオペレーションに分割し、原料部門が成形部門に原料を売る形をとれば、原料部門に「売り」が発生し、成形部門には「買い」が発生する。
 

つまり各工程で仕掛品を売買するかたちにすれば、各ユニットは中小企業のように独立した採算単位となり、それぞれのユニットが「売上を最大に、経費を最小にする」という経営原則を実感しながら、自主的に経営していくことができる。これを京セラでは「社内売買」と呼びアメーバ経営の大きな特徴となっている。
 
 
 
 

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会社経営の原理原則は、売上を最大にして、経費を最少にしていくことである。この原則を全社にわたって実践していくため、組織を小さなユニットに分けて、市場の動きに即座に対応できるような部門別採算管理をおこなう。これが、アメーバ経営をおこなう一番目の目的である。
 

組織を小さなユニットに分割し、中小企業の連合体として会社を再構成する。そのユニットの経営をアメーバリーダーに任せることによって、経営者意識を持った人材を育成していく。これが、アメーバ経営をおこなう二番目の目的である。
 

全従業員が経営に参加し、自らの役割と責任を果たそうとすれば、従業員はもはや単なる労働者ではなく、ともに働くパートナーとなる。全従業員が生きがいや達成感を持って働くことができる「全員参加経営」を実現する。これが、アメーバ経営をおこなう三番目の目的である。
 
 
 
 

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当社のような受注生産メーカーの営業部門は、大きくなった組織を分割し、客先に注文を取りにいく受注部門、製品の納品を管理・運営する納期管理部門、さらには請求書を発行して代金の回収を行う代金回収部門といった独立採算が可能な部門に細分化することもできる。
 

仮に営業部門全体が手数料収入として売上の10%をもらっているとすると、受注部門は受注すれば売上の5%、納期管理部門は3%、代金回収部門は2%という具合に収入を割り当てることで、それぞれを独立採算にすることができる。
 

たとえば、大手客先と取引する場合、営業部門は受注だけすればいいのかというと、そうはいかない。納期管理もあれば、納品もあり、品質問題などのクレーム対応もあり、代金回収もある。これらの役割を別の営業アメーバが担当すれば、一貫したサービスを提供することができなくなる。
 

この例からもわかるように、アメーバは、分けることが可能だからといって、小さく分ければ分けるほどよいという単純なものではない。会社全体としての方針を貫くことができるような単位にしか分けてはならない。
 
 
 
 

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新規事業を始める場合においては、「人材こそ事業の源である」と考えてきた。新規事業を担うにふさわしい人材が社内にいること、あるいは社内にいなくとも、社外に適任者がいて、当社に来てくれる目途を立てたうえで、新規事業に乗り出すことにしてきた。私の鉄則である。
 

ある部門を預かる長が「来季からこのような組織に変更したい」と、私のところへ相談にきた。私はすぐさま、「部門経営者であるあなたが、自分の組織を見て問題があることに気づいたならば、なぜその組織変更を来季に延ばすのか。来月からでもすぐに実施しなさい」と指示した。
 

アメーバ経営の特長は、リーダーの意思に対して、現場が「打てば響く」ように即応することである。「これはいい」と思えばすぐに手を打つ。「これはダメだ、こうするべきだ」と思えば、「すまん」と言ってすぐ直す。組織変更においては朝礼暮改も必要である。
 
 
 
 

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アメーバ経営においての、時間当り採算制度では、事業活動の成果を「付加価値」という尺度で捉えるようにしている。この「付加価値」とは、売上金額から材料費や設備機械の償却費など、労務費を除くすべての経費を引いたものである。
 

自分がどれだけの付加価値を生み出したかをわかりやすくするために、単位時間当りの付加価値、つまり総付加価値を総労働時間で割った一時間当りの付加価値を算出している。これが「時間当り」と呼ばれる指標である。
 

現代の企業経営ではスピードが何よりも重視されており、時間効率をいかに高めていくかが競争に勝つための鍵となっている。アメーバ経営における時間当り採算制度は、現場の指標に「時間」という概念を持ち込むことによって、従業員ひとりひとりに時間の大切さを自覚させ、仕事の生産性を向上させている。
 
 
 
 

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京セラは創業時、お客様の要求する仕様に合わせて製品をつくる「受注生産」の形態を中心に事業をおこなっていた。変化の激しい市場のなかで多様な製品を的確に採算管理するため、市場価格の動向をダイレクトに製造部門に伝わる仕組み(これを「受注生産方式」と呼んでいる)を構築した。
 

その後、京セラはカメラ、プリンタなどの事業を展開し、受注生産だけでなく、在庫を持ち一般消費者市場に商品を販売していくようになった。先の「受注生産方式」に対して「在庫販売方式」と呼び、ビジネスの形態に応じてアメーバ収入を正しくとらえる仕組みを構築した。
 

この他、アメーバ間で社内取引を行うため、「社内売買」として収入をとらえる仕組みを含めて、アメーバ経営には収入をとらえる三つの仕組みが存在している。
 
 
 
 

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受注生産方式。私は創業当時から、「お客様が値段を決める」という、市場価格を前提として経営をおこなってきた。まず市場価格ありきと考え、その価格で十分な利益が上がるように徹底的にコストダウンするようにしてきた。「原価+利益=売値」ではなく「売値-原価=利益」であると考えた。
 

アメーバ経営の在庫販売方式は、営業部門と製造部門が相談のうえ、商品の希望小売価格を決め、各流通段階での価格モデルを設定し、京セラの販売価格や営業・製造間の社内売買価格(出し値)を決めている。営業部門の収入は、実際の販売価格から、製造出し値をさし引いた、いわゆる粗利が収入となる。
 

アメーバ経営では、社外業者との取引同様、アメーバ間においても、材料や半製品を製品として受け渡し、「社内売」「社内買」として売買をおこなっている。この仕組みが社内売買である。