『ゴルフ思考術』 市村操一 日本経済新聞社 2003年5月
1939年生。東京教育大学大学院修了。米イリノイ大でスポーツ心理学専攻。筑波大学名誉教授
ゴルフのスキルアップと、ゴルフというスポーツへの理解をより深めるために、ゴルフに取り組む姿勢、メンタル面での考え方、そのトレーニング方法などについて具体的に書かれています。
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学生野球での格言となっている飛田穂州(すいしゅう)の「一球入魂」という言葉は、自分を離れ、すべての意識を実行すべき課題に集中させるということを示している。
並みの人間が集中力を高めるには「一点凝視」の練習を行うとよい。ボールでも、自分の指先でも、ビール瓶でもよい、一つの点をまず3分間じっと見つめる練習をする。3分間ができたら5分、10分と時間を長くしていく。まず、目線がきょろきょろしないようにする。
この宇宙に、自分と見つめる点しか存在しないと感じられるようになったら合格である。練習のとき、息を静かにひそめると、凝視がうまくいくことに気がつくはずだ。この練習を1カ月も続ければ、ゴルフでの集中力は確実に高まる。日常生活での集中力発揮のコツもつかめるはずである。
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ゴルフもクリケットも英国を母国とするスポーツである。そして二つのスポーツに共通する第一の要素は「沈黙」ではないか。アメリカ生まれのスポーツのように、観衆がプレーの間に熱狂して声を発することもない。選手も黙々とプレーする。しかもそれが延々と続くのである。
英国のスポーツに見られる、長時間にわたる沈黙と瞑想。なぜぞんなスポーツを彼らが生み出したのか。パワーや持久力、器用さを競い合うだけでなく、ゴルフの中で英国人は沈黙と瞑想を競い合おうとしたのではないだろうか。
長時間の沈黙と瞑想的状態の中のスポーツに要求される能力は、緊張を自ら鎮めていく能力であり、雑念を振り払って集中する能力である。また、自分の運動を正しく導いていくイメージを保持し続ける能力であり、自信を失いそうな状況でも自分を励まし動機づけることのできる能力であろう。
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ゴルフの先人たちのイメージの持ち方の助言。最高のショットをイメージしなさい。各ショットの前に動きのイメージを作ってみなさい。フェアウェイをボーリングのレーンのようにイメージしなさい。狭いフェアウェイでは両サイドに壁があるとイメージしなさい。
先人たちの助言を読んでいると、ワイワイ、ガヤガヤのゴルフではなく、沈黙の中で、認知機能(理解し、記憶し、判断する)とイメージを働かせながら、ゴルファーとコースが対峙するところにゲームの醍醐味があるように思う。
プレッシャーで不安にかられると、人はネガティブな自己評価を始める。たとえば、こんな大試合に出てきたのが場違いなんだ、というような自己評価である。そんなとき「自分のペースで、自分のゴルフをすれば、僕はダメなゴルファーではない」というような自分への語りかけが必要になる。
ところがプレッシャーの中では、なかなかそんなことば言葉が出てこない。そこで、ポジティブな言葉を書いたメモを持ってコースに出て、自分が沈みそうになるときには、それを読み返すという方法が有効になるのである。
『ゴルフ思考術』(2003年) 市村操一
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良いショットを記載するカード。2番ホールで7番アイアンのセカンドショットが絶妙に打てたら、2番わきに「I7」と記入する。5番ホールで4番ウッドでフェアウェイバンカーからナイスショットが打てたら「W4バンカーから」などど記入する。OB、チョロは無視する。
ホールアウトしたら、あるいはハーフが終わったら、どれだけナイスショットをカードに記入したか確認しよう。自分が結構よいショットをしているということを発見できるだろう。大事なのはそれからである。ナイスショットを最初から思い出してみることが、進歩につながるのである。
2番ホールでの7番アイアンのナイスショットを思い出そう。どんな気分でアドレスに入ったか。そのとき、自分はどれくらい緊張していたか、あるいはリラックスしていたか。グリップはどんな感じで握っていたのか。スイングの開始からフィニッシュまでのリズム感も思い起こしてみよう。
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アドレスで正しく立っているか、トップの位置は正しいところへ上がっているか、ダウンスイングで膝が伸びきっていないか、そのようなことをわれわれに伝えてくれるのがインストラクターの重要な役割だ。実行した結果の情報を返してくれる人がいるときと、いないときとでは、学習の効率に大変な差が出てくる。
アドレスの姿勢、トップの位置、ダウンスイングでの膝などは、自分自身では知覚しにくいものである。自分で知覚できないことは、自分で修正することが極めて困難になる。自分では正しいスイングのつもりが、永遠にそうなってないままに終わってしまうことだってあるのである。
私個人の経験では、アプローチで80ヤード、50ヤード、30ヤードの距離を打ち分ける方法を約3時間、インストラクターにつきっきりで教わったことがあった。「どのようにスイングすればよいのか?」というレッスンは10分ほどで終わった。
残りの時間のすべては、私が正しくそれを実行できたかどうかをチェックしてもらう時間にあてられた。休みを入れながら3時間練習したあとで、私は打ち分けのフィーリングがだいぶ飲み込めた。今でもかなり自信をもってアプローチすることができる。この練習でインストラクターの1万円を払い、お昼をご馳走したと記憶している。
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(疲労困憊した状態で)起こった一つのミスが「ミスがミスを呼ぶ」ようにスコアを大きく崩してしまう。脚の動きが止まって左へ引っかけ、バンカーに入れる。バンカーから打ったボールがグリーンの下り斜面に落ち、どんどん転がって反対側のバンカーに入ってしまう。
スタミナ切れで精神の活発な働きが失われた状態では、心身がフレッシュな場合なら見落とすはずがないグリーン傾斜への観察がおろそかになる傾向が出てくるのである。
良い歩行を続けることと、笑顔を忘れないことの二つの要点は、ともに持久力と関係している。良いリズム感のプレーも、気持ちのゆとりも体力の土台があって初めて可能になる。体力の土台のないテクニックなどありえないのである。
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電話帳で番号を確認する。番号を覚える。ダイヤルを回す。話しをする、受話器を置く。話しが終わったあとではたいがい、番号の記憶は失われている。これが、短期記憶の代表的な例である。
ドライバーでナイスショットをする。胸はずませて第2打地点にいく。到着したときには、素晴らしいドライバーショットの感覚は薄れてしまっている。これも、短期記憶の良い例である。
少ない練習で、長期の記憶を高めるにはイメージトレーニングが有効である。良いショットが出たとき、すぐに次のショットを打つのではなく、良いショットを思い出し反芻する。そして次のショット入る前に、もう一度イメージし、そのイメージに従って運動を開始する。
あるいは練習場を離れても、良いショットのイメージを描いてみる。肝心なことは、このような練習は一度だけでは効果が得られないことだ。だが、半年続ければ各段の差が出てくる。ここまでの我慢ができるか、そこまで執着することができるかが、上手な人と今一歩の人の違いなのである。
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費やした努力によって偉くなりたい、他人に優越した気分を味わいたい、コンペで恥ずかしくない順位をキープしたいという意識は “自己志向的” であり、ゴルフの相手はコースの “パー” であると意識するのは “課題志向的” な目的意識である。
いつも他人より優越した地位にいないと気がすまない人は、確かに努力もする。しかし、優越したい気持ちの強さと、自分の実力との落差が埋まらないことに気づくと、「本当は、それほど興味はなかったんだ」と努力を放棄してしまうことがある。ゴルフはそう簡単にはいかない。
ゴルフのような高い技術を必要とするスポーツでの望ましい目的意識は、自己志向ではなく、課題志向である。他人との比較ではなく、ボールを打つ技術の進歩に喜びを感じたり、コースマネジメントの熟達に満足を感じるという目的意識を持つ人は、上達も早いし、ゴルフと息の長い付き合いができるようだ。