招客招福の法則(小坂裕司)

『招客招福の法則』小坂裕司 2006年3月、2010年11月(3) 日本経済新聞社
 
 
   
 
 
 

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経営に必要な大きな要素は美学だということです。そして、その美学を提唱するだけでなく、体現していることだと。そういう経営を貫いていると、お客さんはもちろん、働いている人の感性にも響く「何」かができてくる。
 

あるお酒を前年比32倍売り上げた酒屋の店主は、この1年ほど既存客に手作り新聞を送り続け、それを通じて自分の近況や所感を語り、人間関係を維持することを続けた。 
 

多くの商人は商品を売ることに懸命で、お客との人間関係を保ち、育てることをしない。普段つながりもなく、何も語らず、ある日いきなり商品を買ってくれと言っても、お客は動かない。
 
 
 
 

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サンマ一匹130円と150円。「サンマは長さでなく背の厚さでみます。厚いサンマの方が脂ののりがあっておいしいんです」理由を伝えないと安い方しか売れない。お客の知らないことは山ほどある。
 

どこが違うか聞くと店主は「大きさが違うんです」と言う。しかし大きさは同じに見える。「サンマは長さでなく背の厚さでみます。厚いサンマの方が脂ののりがあっておいしいです」
 

あなたの専門的な知識、工夫や苦労、そういったものの全てがお客がその商品を買う理由につながる。お客の知らないことは山ほどある、お客には理由を知る喜びがある。
 
 
 
 

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あるお茶店は1客8千円のカップを売るため、得意客にDMで問いかけた「みなさんはもし人生最後の紅茶を飲むとしたらこの器で飲みたい。という器を持ってらっしゃいますか」。自分で需要を作りだし、人と違う売り方が出来る。
 

あるクリーニング店が「タンザニアとケニヤの難民に古着を送ろう」と呼びかけた。この店は地球に貢献しようというスタンスを続け、活動に一貫性がある、ただのクリーニング店ではなくなる、これはファンづくりの王道だ。
 

ある販売店。「顧客流出率」が減少「顧客上得意化」が増加「上得意客化」が増加。どう実現したか。新規客に礼状を出す。一週間後に使用感を尋ねたレターを送る、三週間内に思いがけないギフトを贈る。三週間に渡るプログラムを実行。
 

ある化商品店は毎月DMで、近況、肌手入れのテクニック、ケア知識、イベント情報などを通知している。地道で継続的な活動は肥沃な土壌を耕しているようなものだ。土壌が肥えているぶん、セールスをかければきれいな花が咲く。
 
 
 
 

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全国の商人とお会いしているなかで感じることが二つある。一つは、多くのかたが商売を難しく考えすぎているということ。二つは、その反面で商売が簡単に上手くいくための手法、魔法の一振りを探しているということだ。
 

たとえば、お客さんが店に来ないと悩むご相談があると、私は常にこう問う「どうして来ないと思いますか」。多くの方は原因を複雑に考える。しかし、答えはシンプルだ。店にお客が行かないのは、行く理由がないからだ。
 

そう考えると「店にお客が来ない」という問題解決の糸口が見えてくる。商売には変わらない原理原則がある。商売の本質は人の営み、それがゆるぎない本流で、本流だけが残るのだ。
 
 
 
 

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自社が百年後も存続するために、ある墓石店は地域のPTAとのつながりを深くすることを考えた。それが地域の子供たちとつながり、将来のお客さんづくりになると考えたのだ。
 

まず店主はPTAの要職を引き受け、PTA活動に積極的にかかわった。そして率先してPTAのニュースレターを制作、発行し、これを通じて自分のことを語り地域の交流機会を作っていった。
 

思わぬ副産物があった。ニュースレターを続けた結果PTA自体が活性化したのだ。ここでは、親たちが面白そうだとこぞって役をやりたがるようになったのだ。店主の百年後を見据えた絆づくりは、地域コミュニティを活性化し地域社会を豊かにすることに役だっている。
 
 
 
 

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ぜひお伝えしたいことがある。従来の商売が上手くいかなくなると、商売の全てが上手くいかなくなったと思い込み、商売替えを考えてしまう人が少なくないが、必ずしもそうではない。自社の事業資源を見直し、時代にあった形に組み直す時期がきたととらえるべきなのだ。
 

資源の見直しは先ず、自分の商売を分解してみることだ。たとえば新聞配達業なら「新聞の販売」「配達する」に着目する。本屋なら「本を売る」とお客のデータをとり「顧客データベース」をつくると他の販売に結びつく、これも事業資源だ。
 

思い込みや固定観念を取り払い、ほんのちょっと見方を変えるだけで宝の山が見えてくる。
 
 
 
 

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ある町の電気店主はジャズのビッグバンドを結成し、夏祭りなどに出演し始めた。演奏の三週間後、昨年冷蔵庫の購入を検討したが結局安い量販店で購入を決めた、60台後半のお客さんがやってきた。
 

パソコンを買いにきたのだ。しかも今回は価格などの比較はなく、買うことを決めての来店だった。「安いからとよその店で買い物をすると、こんな町の文化が育たない、やっぱり地元の店で買わないと」。
 

自分たちの演奏を「町の文化」と言ってくれ、応援するためにわざわざ買い物をしてくれる。店主は驚いた。私は思う。これからはもっと当たり前に起こるであろう。新しい買い物の仕方、強い購買動機なのだ。こういう時代が来たのである。新たな商売の光景である。
 
 
 
 

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欧米からも引き合いがある地方の小さな町の紡績工場。社長は言う。「決め手は誰もやらないことをやり、独自のものをつくり出すこと。もうひとつはそれをいかに表現し、伝えるかです」。すべての商売に通ずる神髄だ。
 

ある食品スーパーで賞味期限が近づいた商品のPOPを書き換えた「あと少しの命です。お助け下さい」。お客さんの行動にすぐに変化が表れた。期限切れ直前の値下げ商品を買うのは気恥ずかしさがあるが、それも言葉ひとつで無くしてあげられる。
 

セレンディピティーとは、幸運を発見する、引き寄せる能力のことを指す。様々なことを学び、考え、実践を繰り返していく商人は、ある日思いもかけない大きな成果や好機を得て、それを境に大きく商売が変わっていくのだ。
 
 
 
 

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「いま乗らなくていつ乗るの?」このPOPを貼って以来、お客さんの反応が変わり、スクーターに乗っていた十代の顧客は大型バイクに乗り換えた。彼は言った「するいよ、あの言葉。欲しかったバイクを買うきっかけになった。まだまだ楽しむよ」。
 

お客さんに商品をほしいと感じてもらい、購買行動へと誘うことを「動機付け」と呼ぶ。これは、使い古され、効果を失ってしまったかのようなツールを使って、あるいは店頭のほんのひと言で、いつでも誰でもできる。そんな古くて新しい方法なのである。
 

毎回、様々な業種・業界にわたる事例を取り上げているが、事例は目に見える現象である。しかし、大切なものは、目に見える向こう側、あるいは奥底にある。それをいかに読み取り自分のものにするか。そういう力が今の商人に求められている。