『人工知能ってそんなことまでできるんですか?』 松尾豊 塩野誠 株式会社KADOKAWA 2014年10月
『人口知能はなぜ未来を変えるのか』(中経の文庫)
(2016年 加筆、文庫化されました)
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塩野 具体的にどんな研究をされているのでしょうか?
松尾 まず一つは、人工知能にはどんなデータが使えるのか、何が有用なのかを調べるデータ自身の研究です。ウェブの研究やビックデータの研究が該当します。次はそのデータを使ってどんな方法でルールを作っていけばいいか。自動的にルールを学習する方法ですね。機械学習やデータ分析の方法です。
そして三番目が、ルールを作るシステムや「アルゴリズム」を使って、どんな応用ができるかを考える。応用に関する研究です。データの入り口と処理、そして出口。こんなイメージでしょうか。
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塩野 ルールの作り方ですが、いま話題の人工知能を使った将棋で言うと、どんなやり方で進めていくのでしょうか。
松尾 いちばん簡単なところから考えると、王手を指されたら逃げるというルールができます。将棋のプログラムを作るとしたら、最初に思いつくルールですよね。次に考えることは、相手の駒が「王」の周囲に来たら逃げる、相手の駒が取れるときは取る。
さらに「飛車」や「角」は大事な駒ですから「歩」は取られてもいいが「飛車」と「角」は守る。相手の大事な駒は取る。
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次の段階は、今の盤面は自分がどのくらい有利か不利かをスコアリング、つまり得点で表すこと。例えば、自分の持っている駒の数から相手の駒の数を引く。そこに「飛車」や「角」が含まれていたら三倍するような計算を行います。
あるいは「王」の周りにある相手の駒の位置を見て、距離が近ければマイナスするといった工夫をして、盤面のスコアを計算できるようにするわけです。
ここまで来ると、もっと難しいこともできるようになります。自分がこう打って相手がこう返したとき、スコアがどのくらい変わるかが計算できます。あとは何手先まで読むかの話ですね。
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松尾 私が本当に怖いと思っているのは、社会を変えるような人工知能は、人間のような形をしていないし、ふるまいもしないことです。それはただただ単純に予測精度が高いものです。
精度を高めるため、いろいろな出来事、物事の因果関係を、ひたすら客観的に把握しいていく箱。なぜその予測がで出てくるのか人間にはわからないが、とにかく精度は抜群に高いという存在ですね。人工知能が持つ「怖さ」という視点では、現実的にはそちらの方が先に起こりそうな気がします。
ビジネスなのか国家戦略なのかは別として、予測精度が高い箱は、きわめて強力な武器になり得ます。その武器を誰がどのように開発して、社会でどう使われるかは非常に重要なところです。
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塩野 予測というのは一般的には因果関係を見つけ出して、このパターンであれば将来こういうことが起こるんじゃないかという仮説を、暗黙知や形式知の中から形成することだと思います。人口知能のアルゴリズムも、やはり因果関係を見つけているのですか?
松尾 いろいろな物事がある中で、何が原因で何が結果かを正確に捉えることはそもそも難しく、むしろ人間が生き物であるがゆえに、因果関係に囚われてしまうという側面が強いと思います。
もっと客観的に、この変数とこの変数が関係しているとか、そういう話でしかないと思います。予測するときにどうするかと言えば。基本的には相関関係です。因果関係ではなくて相関関係。
相関関係から人間の意思決定主体としての特性に合わせて、どこかを触ってみたらこう変わりました、という知識に変換できるのが、相関から因果を捉えるメリットだと思います。
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これからはビトウィンネスが高い国が強いと思っています。いまで言うとシンガポールやドバイなど数百万人程度でPDCAが回りやすく、しかも資源も技術もないのでポジショニングがすべてということが分っている国です。
東京なら、東京とレストオブジャパン(その他)にしたほうがいい。東京は完全にポジショニングシティにすべきと思っています。日本はやはり日本文化としての良いところや医療レベル、社会保障などの分野を推すべき国ではないでしょうか。
「ビトウィンネス」とは情報の経路における「中心性」という概念の一部です。例えば、ある人を介さないとその情報が流れないとしたら、その人はビトウィンネス、中心性が高いと評価できます。複数のコミュニティをつないでいるような人は、ビトウィンネスが高い人です。
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塩野 記憶媒体の容量が加速度的に拡大していき、ライフログとしてフェイスブックやツィッターといった形で、個人のいろいろな入力が丸ごと残る世の中ですが、これは自分が死んだ後も保存されると思います。
こうして、生前のアウトプットは確実に残るわけですが、人工知能が人間を模倣できるようになってくると、自分の意識や記憶をシミュレートしたアルゴリズムを記録しておけば、自分が死んだ後に誰かがバーチャルな自分に話しかけることもできると思われます。
松尾 分子レベルで人間の脳をスキャンする技術(「ホールブレイン・エミュレーション」)が出てくると、脳をそのままシミュレートできてしまいます。計測技術が進歩すると実際に可能になる世界で、自分の脳のコピーを作ることはおそらくできるようになると思います。
わけも分らずコピーするだけですから、脳の動作原理を理解しているわけではありません。人工知能のほうはそうではなく工学的に作ろうとするアプローチですから、知能の動きを解明することによって、ある部分ではより強力な知能を作り出せる可能性があります。
塩野 脳へのアプローチ自体が、生物学的なアプローチと工学的なアプローチの二種類があるという意味でしょうか?
松尾 そうです。脳を生物学的、科学的に理解するのが脳科学や認知科学の分野です。一方の人工知能は理解した上で作りたいというアプローチ。どちらかというと工学屋さんの考え方です。(略)もし知能を工学的に理解できれば、自己意識とは何か問題もある程度は答えがでるかもれないと思っています。
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「ユークリッド空間」は、ここでは「数値で表せる空間」と考えてください。センサーが集める情報や人間の視野に入る情報は「数値」を含んでいます。数値は「高い」「低い」の集合。カメラで写した画像や動画データにはそれぞれ画素があり、RGBの値がどれだけか。このデータが画素の数だけあるわけです。
私たちは、数値を持った空間「ユークリッド空間」の中で生きていますが、脳は空間に含まれる数値はほとんど意識しません。絶対的な距離などは気にならず、空間の中にある「同一性」や「類似性」に注目します。
そして「位相空間」ですが、この場合の位相とは、つながり=ネットワーク。人のつながりで言えば、自分と直接つながっている人のネットワーク、もしくはその人とつがっている人までのネットワークです。そこから先は普段はまったく意識しません。
例えば「犬」という概念があったとき、それが「猫」に近いか「狼」と同類か程度は意識しますが、犬がテーブルに近いか、コーヒーカップと同類かどうかは気にしません。「犬」の周辺だけを意識してマッピングし、ネットワークに直しています。
この「ネットワ-クに直す」という行為こそが、脳の本質的な処理です。不要な情報は一気に捨ててしまい、ネットワークの形成に必要な情報だけを意識する。これができた時点で「位相空間ができた」ことになるわけです。
「ユークリッド空間から位相空間への写像マシン」。脳は位相化を行う装置であり、人工知能の本質はそれをエミュレートするところにあります。
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ぼくが学生だった2000年ごろ、人工知能って何でできないんですかね?と真剣な顔をして言うと、まわりの人はみんな笑っていたものです。でも、すこしづつ状況が変わり、ビッグデータ、機械学習からディープラーニングという新しい世界が見え始めています。
その先にあるのは、表現を学習する機械、これはいまの人工知能の限界を大きく変える可能性があると思います。