『増補 21世紀の国富論』 原丈人 2913年9月 株式会社平凡社
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お金がお金を生むといっても、全体としては価値が増えているわけではありません。言ってみれば、ゲームに参加している100人のうちの1人が、残り99人のお金を奪っているようなものです。投機は誰かが得をするためには、だれかがその分損をしているという意味で、ゼロ・サムゲームに過ぎません。
21世紀は「開発途上国」が豊かになる時代なのです。世界の人口は70億人から、2050年すぎには100億人を突破するとも言われています。その「増分」のほとんどが「開発途上国」の人びとです。成長する世界経済の主役は、誰の目のも明らかです。
日本が経済的にも政治的にも自立するために不可欠なのは、次の四つでしょう。一つは食料と、水の確保。二つめはエネルギーと資源の確保。三つめが防衛力と外交を強化することによる安全保障。四つめは以外に思われるかもしれませんが、文化と言語を守ること。
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アメリカ流のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の要には「企業は株主のもの」という考え方があります。この考え方をつきつめていくと、企業の目的は株主にとっての価値を上げること、すなわち「株価をあげること」になってしまいます。
いまアメリカが中心を担っている資本主義のシステムは、仕組そのものが疲弊し破綻しかけていることに、もっと多くの人が気づくべきです。そこにあるのは、マーケットがすべてを決定し、マーケットにおける価値がすべてという、行きすぎた市場万能資本主義に他なりません。
根本的に必要なのは、新しい産業です。雇用を生み出し、人間生活を豊かにするための新しい産業。それがなくては、景気の回復もマクロ経済における統計上の数字にすぎなくなってしまうでしょう。当たり前のことですが、財務は経営の主役ではないのです。
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たとえばアメリカでは、業績の悪化した企業が外部から新しいCEOを招聘することがよく行われます。その際よく見られるのが、必要以上のリストラです。新CEOは、就任するや過去の累損を一層する。そして、将来出るかもしれない負債までも引き当てる形で特別損失を計上する。
このこのようなことを行えば、当然、株価は大きく下落しますが、そこが新CEOの狙うところです。底値を見極めたところでCEOをはじめとする経営陣を対象にストックオプションを付与する。その後、経費を削減すれば2、3年後には自然に利益が上がるでしょう。
リストラによって会社の「見かけ上の再建」を行い、さらにIRを駆使して株価が上がった状態でオプションを行使する。CEOは濡れ手にアワの利益を獲得するが、彼らが何かを生み出したかといえば、ゼロなのです。これがアメリカで行われているコーポレート・ガバナンスの実態であり、カリスマCEOの姿です。
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ベンチャービジネスでは、ビジョンやアイデアを持った創業者、これに出資するベンチャーキャピタル、そして企業のマネジメントを担う人々、この三者がちょうど等分に株式を持つようにすることによって、株式を公開する際には全員が利益を得られるようにしていくことが大切です。
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かつて私の母校であるスタンフォード大学の学長は、卒業生への言葉として、このように訓示しました。「アメリカの伝統的な開拓者精神は東部から西部にやってきた。サンフランシスコから先はもう海だから、西海岸にあるわれわれこそがこの開拓者精神を受け継がなければならない」。
また、ある工学部長は起業家精神の旺盛な学生に対して、「土地がないならばキャンパスで事業を起こせ、金がないならば大学が出してやる」と煽りました。私が学生となった1970年代末のスタンフォードはすでにベンチャーにとってすこぶるよい環境に恵まれていたのです。
学生も「大企業に就職してトップに昇りつめるのは東部の学生に任せておけ」「私たちは自ら企業を興すか、中小企業に入社して自分たちの手で大企業に仕上げるのだ」といった気概に溢れていました。有名大企業を志望する人は皆無でした。
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1984年創設したデフタ・パートナーズは、自己資金を主たる資金とした小さなベンチャーキャピタルですが、スタンフォード大学に通っていたころに憧れた仕事がようやくできるので、ほんとうに嬉しかったのを覚えています。
ベンチャーキャピタルというものが、ある面においては資本主義的な「金儲けの仕組み」であることはたしかでしょう。しかしそれが、資金はなくともアイディアや豊かな発想力を持つ人びとに新しい事業を創造するチャンスを与えるという面白さ、社会に影響を与えていく仕事のダイナミズムに大きな魅力を感じていました。
1980年代の半ばには、日本にも拠点をつくって積極的に投資を行おうとしましたが、うまくいきませんでした。バブルのただ中にあった当時の日本では、10年もの長い時間とお金をかけて画期的な技術を見出すというビジネスが存在すること自体、多くの人びとには理解できなかったのです。
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国連は一人あたりの国民総所得が992ドル以下で、成人識字率や幼児死亡率、栄養不足人口の割合を合わせたHAIと呼ばれる指標が特に低い、世界で最も開発が遅れている49カ国を後発開発途上国と認定しています。バングラデシュはアジアにおけるその代表国でした。私が考えたのは、この識字率と医療衛生状態の改善を図ることでした。
2005年、最初に取り組んだのは、バングラデシュで最大のNGO、BRACと合弁を組みBRACのインターネット接続会社を改組する形で増資し、その資金を私たちデフタ出資団が引き受け、ワイヤレス・ブロードバンドによるインターネット接続通信会社のブラック・ネットを立ち上げました。
結果としてブラック・ネットの出資比率はBRACが40%、デフタ・グループが60%となりました。BRACは出資分に応じた利益を受け取りますが、NGOなので株主はおらず配当金を出す必要がありません。BRACはバングラデシュの教育と医療向上のために全額を使うことができるのです。
ワイヤレス・ブロードバンドについては、WiMAXという通信技術を導入しました。日本でWiMAXが導入されたのは2009年からですが、「開発途上国」であるバングラデシュでは日本より早く最新の技術を導入しビジネスとしても成立しました。
バングラデシュという後発開発途上国で、NGOとの連携と最新技術の活用により利益の40%の金額を社会貢献のために使っていける手法は「デフタ=ブラック・ネット・モデル」と呼ばれ、世界から注目が集まりました。
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お金持ちになったら幸せになれる。そう人びとを信じ込ませるところに、アメリカン・ドリーム流の「幸福の定義」は問題があると私は考えています。
来るべ新しい時代に備え、現在のアメリカン・ドリーム流の幸福感、アメリカ型の価値基準といったものがもたらした行き詰まりを打開できるような、新しい価値基準をつくっていく必要があります。
手段と目的が違えられ、本来の目的と異なることが達成される。ホワイトナイトやポイズンピル(敵対的買収への対抗手段)といったビジネススクールで教える最も下らないことがもてはやされる。営利とは異なる目的を持つ大学や中高等学校を利潤の追求を目的に株式会社化する。
仕事を通じて生きがいをつくり、その結果として個人も金銭的な富や社会的な充実感を得る。その実現のために会社があります。しかし今、アメリカでは株価さえ上げれば、どんな経営者でももてはやされる。このような手段と目的の取り違えは人々を不幸にするに違いありません。