第五の権力

『第五の権力』 エリック・シュミット(Google会長)、ジャレッド・コーエン(Google Ideas創業者) 櫻井祐子/訳 2014年2月 ダイヤモンド社
 

原題は『The New Digital Age: Reshaping the future of People, Nation and Businesss』。グ―グル翻訳は以下のように訳した。『新しいデジタル時代:人々、国家、ビジネスの未来を再構築する』
 
この本が書かれた2014年以前の、インターネットやオンラインに関連する象徴的な事件や紛争から、それが何故起こり、ネットワークの技術がどのように使われ、人々や国家や政治にどんな影響を与えたのか。そしてネット社会はどのように進んでいくのかを「今ある手がかりを検討し、最前線の人たちの考えを伝え経験をもとに推測した」という。
 
 

 
 

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これまでリアルな情報を手に入れる手段を持たなかった世界中の大多数の人が、手のひらに収まる端末を使って、世界中の全情報にアクセスできるようになる。2025年には、80億人に達すると推定される世界人口のほとんどがオンラインでつながるだろう。
 

社会のどんな階層の人たちも、「コネクティビティ」(ネットへの接続性)をますます使いこなすようになる。誰もが無線インターネット網に、現在の数分の1の料金で、いつでもどこでもアクセスできるようになり、より効率的、生産的、創造的な方法で仕事をするだろう。
 

仮想世界では、多様な手段や機器を通して、まもなく誰もが何らかの形でつながるだろう。それでも現実世界では、まだ地理的制約や、生まれ合わせ(豊かな国の豊かな家に生まれつく人もいるが、大半は貧しい国の貧しい家に生まれつく)、不運、そして人間の善良さと邪悪さに翻弄される。
 

国際社会に目を向ければ、情報通信技術の普及が及ぼす最も重大な変化は、国家や機関に集中していた権力が分散して、個人の手に渡ることだ。人々がデジタル技術を通じて、第五の権力を得る。
 
 
 
 

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今日、私たちのオンラインアイデンティティは、現実の自分に影響を与えることはあっても、自分を圧倒するほどの存在感を持つようなことはまずない。SNSのプロフィールを使って行う活動が、称賛や批判を受けることはあっても、本当に重要な情報は人目につかないよう隠されている。
 

フェイスブック、ツイッター、グーグルプラス、ネットフリックッス、ニューヨークタイムズ電子版などあなたのもっているアカウントのすべてが、あなたの「公式プロフィール」に紐づけされたら、いったいどうなるか想像してほしい。
 

今までは、オフラインの世界でつくられたアイデンティティが、オンライン世界にそのまま投影されていた。しかし将来、私たちは、オンラインで作りだされたアイデンティティを、オフラインの世界で実際に経験するようになる。
 
 
 
 

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現在用いられている情報通信技術は、本質的にユーザーのプライバシーを侵害するようにできている。(SNS等の)私たちの画像やコメント、友だちリストは、検索可能な巨大なデータベースに収められているが、ここは人を雇おうとする企業、学生を選抜する大学の入学事務局などの恰好の情報収集源になっている。
 

理想をいえば、誰もが人生のチャンスを棒に振らないように、オンラインアイデンティティと仮想空間での生活をしっかり自覚を持って管理し、幼い頃からたえず注意を払い、念入りに築いていくべくだろう。
 

40代にもなれば、人生の各段階で起こったすべての事実と虚構、失敗と成功が織りなす「オンラインの物語」が蓄積され、保存されているだろう。噂でさえ、永遠に残るのだ。
 

誰もが自分の過去や現在、いいと思ったもの、お気に入り、夢や希望、日常の習慣など自分に関するますます膨大な情報を公開するようになる。今と同じように、ほとんどの情報が、ユーザー自身が「オプトイン」(承諾)して公開したものだ。
 
 
 
 

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政府がフィルタリングなどによってインターネットを規制すれば、グローバルであるべきインターネットが「国ごとのネットワークの寄せ集め」と化す。そうなれば、やがてワールドワイドウェブは砕け散り、「ロシアのインターネット」や「アメリカのインターネット」などが乱立するだろう。
 

こうした一連の変化は、当初ユーザーにはほとんど感じられないが、時間とともに蓄積していき、たがてインターネットをつくり替えるだろうという説もある。「インターネットのバルカン化(小さな地域・国家)」、つまり、インターネットの世界に国境が設けられてしまうのではないかという懸念である。
 

中国政府の検閲ツールの総称「金盾(きんじゅん)」、いわゆる「万里のファイアーウォール」は、中国の国家的地位を守る番人にほかならない。白書いわく、「中国国内では、インターネットは中国主権の管轄下にある。従って中国のインターネット主権は、尊重、保護されて然るべきである」。
 
 
 
 

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2009年末にグーグルは、ネットワークに異常なトラフィックを検出したため、ネットワー活動を監視し始めた(このときも侵入経路をただちに遮断せず、開いたまま監視したことが、社内の専門家の役に立った)。グーグルの知的財産が、洗練された大規模な攻撃を受けていた。発信源は中国だった。
 

グーグルは調査を進めるうちに、中国政府またはのそ代理人が、攻撃の背後にいるという十分な証拠を収集した。攻撃は、中国人の人権活動家の Gmailアカウントや、欧米に住む中国の人権活動家の Gmailアカウントに不正アクセスし、やりとりを監視することを目的としていた。
 

グーグルはこの攻撃をきっかけとして(他に数十社の上場企業が狙われた)、中国での事業運営を見直すことを決定した。最終的にグーグルは中国事業から撤退し、中国本土向けのインターネットコンテンツの自己検閲を停止し、中国本土版への検索要求はすべて香港版サイトにリダイレクトした。
 
 
 
 

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コンピュターセキュリティの基本的な問題の1つに、「防御を構築するのは、それを突破するよりずっと大変だ」という事実がある。極秘情報を保護するプログラムには、1000万行ものコードが必要なのに、攻撃者はたった125行のコードで侵入できることも珍しくない。
 

レジナ・デューガンはグーグルに来る前は、国防総省の国防高等研究計画所(DARPA)の長官として政府のサイバーセキュリティ強化を推進していた。「サイバーセキュリティについては、コンピューターセキュリティのアーキテクチャに、適応免疫系に相当するものをつくる必要があるということです」。
 

未来のコンピューターは、外見と操作性は見分けがつかなくても、時間とともに端末ごとの固有の違いを持つようになり、そのおかげで一つひとつのシステムが保護される。「つまり、攻撃側は数百万台のコンピューター1台1台につき、125行のコードを書かなくてはなりません。こうやって非対称性を逆転させるんです」。
 

一般にインターネット上では各ノード間に多くの「匿名化」の層があるため、データの経路を発信点まで遡ることができない。このような問題に取り組む際に忘れていけないのが、インターネットは犯罪者を想定してつくられてはいないことだ。むしろ、信頼関係のモデルが基になっている。
 
 
 
 

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未来の戦争は現実、仮想両世界で展開するが、人間は両世界で今後も重要な責務を担わなくてはならない。このことを考慮に入れない軍隊は、新しい技術の力を借りて超効率的な殺戮マシンと化すものの、そのせいで人々の憎悪と罵倒を浴び、人心を獲得するという目標からさらに遠ざかるだろう。
 

ロボット工学、人口知能、無人航空機(UAV)の進歩がもたらした、現代の戦争の自動化は銃の発明と並んで、人類の戦いにおける重大な転換点といえる。
 

過去の他のパラダイムシフトの例にもれず、戦争が最終的に完全自動化されたとき、人間社会の進む道がどのように変わるかを正しく予測することはできない。私たちにできるのは、今ある手がかりを検討し、最前線に人たちの考えを伝え経験をもとに推測することだ。
 

技術がどれだけ進歩しようと、紛争や戦争の根本原因は、必ず現実世界にある。そしてそこでは、機械やサイバー戦術を用いる決定を、基本的に人間が下している。
 
 
 
 

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未来の投資家は、コネクティビティの広がりを利用して、多くの国と奥深く、多面的な関係を育むことだろう。リアルタイムのニュースアラートやSNS、インスタント翻訳のおかげで、ちょうど世界中のディアスポラ(移民者)社会が母国に興味を持つように、投資対象国を身近に感じるようになる。
 

メキシコの通信王にして、世界一の大富豪でもあるカルロス・スリム・ヘルに、移民の子としての経験が、彼のものの見方にどう影響を与えたかを尋ねたところ、「自分がレバノン人という意識だけでなく、地球の一員という意識をもつようになりましたね」と答えた。
 

また「今の私は、レバノン人としてレバノンの問題に深い関心をもつとともに、ラテンアメリカの実業家として、事業を行なう国に対しても責任を感じています」と語った。彼に言わせれば、将来は誰もがこのような経験をし、さまざまな地域に関心をもち、より「グローカル」な存在になるだろうという。

彼は自らを「ビジネスディアスポラ」という新しい集団の一員と称している。「国境を越えて活躍する実業家として、ただいろいろな国に金をつぎ込んでは、引き揚げるだけじゃありません。それぞれの国にしっかり根をおろし、国の発展に寄与するような事業を行っています。市場と需要、顧客、機会を育ててこそ、事業はますます成功するのです」。
 
 
 
 

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情報技術は電力のように、どこにいても使えるようになる。あってあたりまえ、なくてはならない生活の一部になるだろう。コネクティビティの広がりを押さえたり、インターネットへのアクセスを阻害しようとする企ては、長い目でみれば必ず失敗する。情報は水のように、すり抜ける道を必ず見つけるものだ。
 

今後、コンピューターと人間は、それぞれが得意なことを活かす方向で、一層の役割分担を進める。人間は知性を駆使して、判断や直感やニュアンスや、人間にしかできないやり取りを受けもつ。その一方で、無限の記憶力や処理速度、生物学的に難しい作業は、コンピュターの力を利用する。
 

コネクティビティと携帯電話が世界中に普及し、市民は過去のどんな時代よりも大きな力を手に入れるが、それには代償が伴う。情報を保持する企業は、セキュリティを確保する責任を担わなくてはならない。私たちはプライバシーのために戦わなくてはならない。さもなければ失うだけだ。