走って、悩んで、見つけたこと(大迫傑)

『走って、悩んで、見つけたこと』 大迫傑 2019年8月 株式会社文藝春秋
 
 
マラソンはよく人生に例えられるが、確かにその通りだなと思わされる。トラック競技はフィジカルが80%だが、マラソンはフィジカルが60%。つまり残りの40%をしめるメンタル面に無限の可能性を感じているという。
 
そしてさらに、マラソンは自分の想像を超える要素で構成されているという。ただし、自分の想像を超える走りにつなげるためには、やはり想像を超える、日々の、高いレベルの練習ができているかどうかにかかってくる。練習に集中しているかどうか。ゾクゾクするスポーツだね、マラソン。
 
 


 
 
 
 

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(中学の頃)今でも感謝しているのは、顧問の先生がすごくうまく僕をコンロトールしてくれたということ。一時は部活でもハードな練習をして、八王子四中にも行って、さらにクラブチームにも参加して、週に3~4日も負荷の高い練習をしていたんです。
 

それを見た先生が「これでは絶対に潰れてしまうから、とりあえず自分の中学の練習をメインにして、うまく棲み分けるようにしなさい」とアドバイスしてくれたんです。(略)もっと練習したいという気持ちがすごく強いのに、それを抑えないといけないということで、泣いていた記憶があります。
 

中学生にとって、先生は絶対で怖い存在ですよね。だから裏で練習することもなく、言いつけを守っていました。でもそのおかげで大きな怪我もせず、今も走り続けていられるんだと思っています。
 
 
 
 

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マラソンを走るようになって、僕は自分の思考が変わったと感じています。トラック競技においてフィジカルが占める割合は約80%、マラソンになるとフィジカルが60%、メンタルが40%ぐらいの感覚になります。
 

フィジカルをいくら磨いても、出すことができる最大のスピードはだいたい決まっているし、コントロールできない部分もすごくある。でもメンタルに関しては、自分がコントロールしようと思えばいくらでもできる。僕はそこに世界と戦える可能性を感じたのです。
 

だから、マラソンでは日本記録を更新しましたが、1万mでも同じように順調に世界と戦える道が見えるかと言ったら、僕の場合は難しいと思っています。走るという行為は同じですし、共通する部分もありますが、マラソンはフィジカルだけじゃない、僕が想像できなような要素も含めて構成されていると思っているからです。
 
 
 
 

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練習をしていると「きつい」と感じることがあると思います。ちょっと変だと思うかもしれませんが、僕はそんなとき頭と体を別々に考えるようにしています。きついと感じているのは脳であって、身体ではない。だから身体には出さないようにする。
 

表情ひとつとっても、顔はなるべくリラックスした状態をキープして、思考と身体を切り離す。そうすると単純に力みがなくなって、努力値で少しタイムが良くなったりするんです。
 

きついという感覚はすごく主観的なもので、冷静に考えて、そのきつさを分析すると意外と対応できるものです。「今きついのはどこ? 呼吸? 脚? 脚のどこ?」そう問いかけると、身体全体がきついわけではないと気付くので、少し楽になるんです。
 
 
 
 

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オレゴン(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)に行った当初は、自分が故障しているときに他人がやっていることを見て焦ったり、ゲーレン・ラップが結果を出したから、僕もやらなきゃいけないと思ったりしたこともありました。
 

そういう環境の中で自分の居場所を作っていくためには、試合に勝つだけでなく、練習の中でもしっかり見せていくしかない。自分がやっていることに集中して、自分で自分の道を切り開いていくしかないんです。
 

トレーニングはハードですが、頑張ることに慣れてくると、そこそこきついくらいにしか感じないようになります。もちろん、時には自分にがっかりすることもあります。でも、そういうことにも慣れていくんです。今のチームメイトに限って言えば、そういう選手ばかりです。
 

日々変わっていく状況の中で、いかに我慢して自分の場所を作ることができるか。それが生き残るために重要だと思っています。
 
 
 
 

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強くなるということはものすごく単純なもので、毎回ハードなトレーニングをしてハードな毎日を過ごす。それを毎週繰り返していくだけです。ポイント練習の前後に休んでしまう人も多いけれど、ポイント練習も頑張りながら、つなぎも頑張る。それを何カ月続けられるかの繰り返しです。
 

極端なことを言えば、1本1本、一瞬一瞬が大事。例えば、200mを20本走るとします。このとき20本を走ると考えるのでなく、この1本、この200mをどう走るのかということを考えて、それを20回積み重ねる。この時、1本1本のきつさがどこからくるのか、きつさを分割していくことも重視しています。
 

足がきついなら、足のどこがきついのか、さらにその部分のどこがきついのか、それは我慢できるきつさなのかと掘り下げていく。すべてをただ “きつい” と一緒くたにしてしまうと、フォームが乱れたり、足がきついのに呼吸が辛いと思い込んでしまったり、我慢できないきつさだと感じてしまいがちです。
 
 
 
 

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練習においても、きつさにおいても “今” に集中して考えるということは、レースにおいてもすごく重要になってきます。そして、そうやって瞬間瞬間を大事にトレーニングしていると、毎日毎日、自分に勝つことに対しての価値を見出せるようにもなるんです。
 

マラソンはきつい瞬間があっても、そのあとに楽になる瞬間が絶対にあります。それを知っているから、きついことにも対応できる。きついと感じたら、今に集中して、その状況を冷静に判断して対応していく。もしかしたら、その先もずっときついかもしれませんが、楽な瞬間がすぐに来るかもしれない。
 

例えば、先が霞んで見えない一本道を走っていたとします。そのうちにゴールが見えるだろうと一生懸命前を見て進んでいたら、自分が進んでいることを実感しにくいと思います。けれども足元を見れば、着実に歩を進めていることを知ることができる。それが今を生きられているということではないでしょうか。
 
 
 
 

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能力にはそんなに差はなくて、むしろ、自分が特別じゃないということを意識できていることの方が大切なのではではないでしょうか。
 

学生の頃、僕よりも速い選手はいくらでもいました。勝てなかった選手もたくさんいます。ではなぜ残れなかった選手がいるのか、ここまで差がつくのかというと、自分がダメなときに頑張れなかったからだと僕は考えています。お互いが頑張っているときに、差は意外とつかないものです。
 

でも故障をしたとき、調子が悪いときに走れないからと練習をしなければ、ブランクができてしまう。そういうミスをたくさん積み重ねていれば、それはやがて大きな失敗につながります。いつもと同じことはできない。でもその中で、今の自分ができる範囲の努力をし続けることです。
 
 
 
 

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子供のときの成長具合は人それぞれです。成長期には頑張っているのにタイムがなかなか伸びないこともあります。それでも妥協なくしっかりと練習をこなせていれば大丈夫。悩むこともあるかもしれないけれど、すごく悩んで苦しんだり、悩みについてじっくり考えてみるのもひとつの手です。
 

どうやったら強くなりますか、と聞かれることもありますが、どの競技においても練習を重ねて、もがかないと強くはなれない。練習で苦しい思いをしなければ速くなれないのと同じように、気持ちでも苦しい思いをして、自分で理解していかないことには次へと進めないのです。
 

考えて、考えて、それでも答えがでないということはありません。それが正解かは分からないけれど、何かしらの答えは出てくるはずです。悩んだ先に出た答えはすごく価値のあるものです。多くの選手を見てきて、自尊心が弱かったり、自分がない人は、誰かに認めてもらわないと潰れてしまうことが多いように思います。
 

せっかく答えを出したのに、他人に意見を言われると自分が間違っているのかなと悩んでしまうこともあるでしょう。自分に対しての疑問を持つことは大事ですが、もがいて頑張って、頑張ってたどり着いた答えは自然と受け入れられるものだと思うし、大事にしてほしい。
 
 
 
 
 

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