決断=実行(落合博満)

『決断=実行』 落合博満 ダイヤモンド社 2018年11月7日
 
 
 
 

 
 
 
 
 

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私には現役時代の経験も含めて、プロ野球人としての信念がある。長いペナントレースでは勝つこともあれば負けることもある。その勝負を最後に左右するものは何かと問われれば、「諦めた者が負け、諦めさせたものが勝ち残る」ということだと思っている。
 
 
 
 

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監督という仕事を通して、私が痛感しているのは、自分自身の仕事は何かを常に忘れず、求められた役割を自分なりに全うすれば、周囲の誰もが何も余計なことは言わなくなるということだ。
 

どんなに時代が移り変わり、若者たちの気質やライフスタイルが変化しても、スポーツ選手が思うのは「上手くなりたい。活躍したい」ということ。ビジネスマンなら「いい仕事がしたい」ということしかない。
 

ならば、監督の役割とは、そんな選手を鍛え上げてチームを強化することだ。そして、監督の仕事ぶりがどうであったかというのは、鍛えられた選手たちが答えを出してくれるものである。
 
 
 
 
 
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どんな分野でも、技術を身に付けるのは大変だが、必死に取り組んでいけばどこかで「マスターできた」と感じる瞬間がある。野球なら選手自身が感じたり、指導している監督やコーチが見て取る場合もあるだろう。
 

ところが「マスターできた」と感じても、その取り組みをやめてしまうと、瞬く間に技術は元に戻ってしまうものだ。それを防ぐためには、身につけたいと必死になっていた取り組みを続けていくしかない。
 

それは、現役引退を決意してユニフォームを脱ぐまで。できないことをできるようにするのが練習なら、できるようになったことを継続するのも練習なのである。
 
 
 
 

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野球の世界に限ったことではなく、組織をもう一段階レベルアップさせたいと考えた時、トップに立つ者は基本的なことから見直し、最優先で改善していこうとする。だが、その最優先に改善すべき基本が、私に言わせれば基本ではないのだ。
 

ワンバウンドしか投げない捕球練習をしているチームが多いのは、ストライクをしっかり捕球するのは当然であり、ワンバウンドをどれだけ止められるかが重要だから、それに特化した練習をするという意識が強いからではないか。
 

ワンバウンドをしっかり止める技術も大切だが、それ以前にストライクを正確に捕球する技術が基本中の基本であることを忘れてはならない。野球の技術のように専門性が高くなれがなるほど、基本の基本は何かということが見過ごされがちなのだ。
 

どうしても、基本の基本は「当たり前のこと」として意識されなくなる。何をやっても思い通りに運ばない時、あるいは満足できる成果を上げつつも、もうワンランク上の結果を残したいと考えている時こそ、基本の基本は何なのかをはっきり意識すべきだ。
 
 
 
 

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コーチがどこかのチームの練習を見てきて取り入れたり、監督が話しを聞いてきたと試してみたりするのは悪くない。おそらく、監督やコーチには、「他のチームと同じことをしていたら勝てない」という危機感が常にあるのだろう。それは監督を努めた者として理解できる。
 

ただし、「同じことをしていたら」の「同じこと」とは、他のチームと違う練習をするという意味ではなく、「他のチームより身に成ることに根気強く取り組むこと」だと考えている。
 

基本をコツコツ積み上げて行かなければいけない時期に、「同じことをしていたらダメだ」と目新しいものに飛びつく必要はない。しっかりと土台になる力を付け、ある程度の力をコンスタントに発揮できるようになったら、それを長く続けるための方法を探していけばいい。
 
 
 
 

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何度か書いているが、私が20年の現役生活を送れた理由のひとつは、「落合はアウトコースをライトスタンドまで運ぶ」というデータがあったからだ。
 

実際は、インコースから真ん中寄りのボールを押し込むようにライト方向に打ち返していた。それをバックネット裏の観客席から見ているスコアラーは、「まさかインコースをライトに打つことはないだろう」と、真ん中からアウトコース寄りだったと記していた。
 

この先入観ゆえの誤ったデータを参考にしたバッテリーが、「アウトコースを速く見せるためにもインコースを突いておこう」と投げ込んでくれるから、私が待っているボールがいつまでも来ていたのである。
 

データを本当に生かせるのは、そのデータと自分の目で見て感じたことをすり合わせておくこと。そして、そうしたデータの分析を他人任せにするのではなく、あくまで自分の経験を踏まえながら、自分のためのデータを作り上げていくことなのだ。
 
 
 
 

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プロになりたいと子どもの頃から野球を続け、スカウトに注目されるなど、ある程度のレベルに上達したのに、最終的にプロになれなかった選手は大勢いる。その理由のひとつは、プロになる素質を備えていたのに、自分の能力を発揮する方法を「その気になって」身につけなかったことだ。
 

カーブを覚えたらチャンスが広がると言われたら、だまされたと思って取り組んでみる。もちろん、取り組んだ全員が成功するはずはなく、必死に努力しても身に付けられない投手もいる。この時に大事なのは、素直になることと、「その気になる」ことだ。
 

厳しい言い方になるが、プロ野球界で生きてきた私の目で見て、あるレベルから伸び悩む選手の大半は、指導者や先輩にアドバイスを聞こうとしない。その気になっていない。それで、ユニフォームを脱がされることになって嘆いても、誰も耳を貸さないだろう。
 
 
 
 

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私が一番大切にしているのは、自分の人生をいかに自分の思うがままにいきていくか、ということだ。そのために不可欠となるのが、決断、実行だと思っている。
 

最善を尽くしても期待した結果を得られないことはある。やってみて初めて、自分の力では及ばないと知ることもある。それでも、決断、実行した上での失敗は、反省材料や教訓となって次につながる。しかし、決断、実行しなかった後悔は何も生み出してくれない。
 

決断、実行をどう受け止めたとしても、日常生活から仕事、学業の大切な場面に至るまで、人生について回る決断、実行を上司や先輩など周囲人たちの知恵も借りながらも行い、どんな結果になっても責任は自分にあるのだと覚悟することだ。
 

行動を起こさないのも実行の一つであると考えて、次の決断、実行を前向きに考える。他人にどう思われようと関係ない。そうした決断、実行を繰り返しながら、自分の思うがままに生きていく。情報過多でスピード感のある現代を生きていくには大切なことである。