FREE(クリス・アンダーソン)

『FREE』クリス・アンダーソン 小林弘人(監修)高橋則明(訳)2009年11月 NHK出版
 


 
 
 
 
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伝説のコメディーユニット、モンティ・パイソンのオリジナルメンバーでいまだ健在の面々は、自分たちのビデオがデジタル世界で大々的に著作権侵害に遭っていることに圧倒されていたが、2008年11月にユーチューブに登場して、反撃ののろしをあげた。
 

「この三年のあいだ、君たちユーチューブのユーザーはわれわれの作品を盗んでは何万本もの映像をユーチューブに投稿してきた。だが、今から立場は逆転する。われわれが主導権をにぎるときが来たのだ。
 

もはや君たちが投稿してきた質の悪い映像は用なしだ、われわれが本物を届ける。(略)さらに、人気の高い過去の映像だけでなく、新たに高画質にした映像も公開しよう。さらにさらに、それはまったくの無料だ。どうだ!
 
 
 
 

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しかし、われわれは見返りを要求する。君たちの無意味でくだらないコメントはいらない。その代わりに、リンクページからわれわれの映画や、テレビ作品を買って欲しい。そうすることで、この三年間、盗まれ続けてきたわれわれの苦痛や嫌悪感をやわらげてほしいのだ」
 

三カ月後、この無鉄砲な無料映像配信の試みはどんな結果となっただろうか。モンティ・パイソンのDVDはアマゾンの映画とテレビ番組のベストセラーリストで二位まで上がり、売上は230倍になった。どうだ!
 

ここに無料のパラドックスがある。料金をとらないで、大金をかせいでる人々がいるのだ。すべてとは言わなくても、多くのものがタダになっていて、無料か無料同然のものから一国規模の経済ができているのだ。
 
 
 
 

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マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』の中で、トムは面倒くさい堀のペンキ塗りの仕事を、友人たちにうらやましい仕事だと思い込ませて、その仕事を代わらせるだけでなく、その特権を譲ることの対価を得た。
 

中国の一部の医師は、担当する人たちが健康ならば報酬をもらえるという。彼らが病気になれば、それは医師の責任なので、医師は報酬をもらえない。担当する人を健康にし、それを保つことが医師の目標なので、それが報酬を決めるのだ。
 

フリー・カンファレンス・コール・ドットコムは電話の利用者ではなく、電話会社から料金をもらっている。すなわち無料で電話会議が開ける場を設け、その利用者に遠距離電話をかける機会を作らせる。その電話料金について電話会社からアフィリエイト報酬をもらっている。
 

賢い会社は通常のお金の流れを逆にする。モノやサービスを無料にしたり、他の会社が料金をとるものに料金を支払ったりする。これらのアイデアとハイテクはとくに関係ない。企業家が価格について創造的に考えたことで生まれたものだ。
 
 
 
 

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1954年、米国原子力委員会のルイス・ストラウス委員長は、ニューヨークで未来にはすばらしい出来事が待っていると予言した。もっとも有名な予言は次のものだった。「電気エネルギーはとても安価になり、こどもたちが気にせず家庭で電気を使えるようになるだろう」。
 

だが、ウラン燃料のコストは石炭に比べれば低かったものの、原子炉と発電所の建設という初期費用がかなり高くなることがわかったし、放射性廃棄物の処理という未解決の問題もあった。そして高い費用と危険性は、スリーマイル島とチェルノブイリの事故により倍加した。
 

だが、電気と同じくらい私たちの経済にかかわっている他の三つのテクノロジーは(略)コンピュターの情報処理能力とデジタル記憶容量と通信帯域幅だ。その三つは安すぎて気にならないレベルに近づいているのだ。
 
 
 
 

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半世紀近く前にゴードン・ムーアがその傾向線に気づき、のちにそれは<ムーアの法則>と呼ばれた。半導体チップは一八カ月ごとにトランジスタ数を二倍にし、ハードディスクが保存できるバイト数は一年で二倍、光ファイバーケーブルの伝達速度は九カ月で二倍になっている。
 

情報処理能力と記憶容量、通信帯域幅が速くなり、性能が上がり、安くなるという三重の相乗効果をオンラインは享受している。だから、私たちはユーチューブのようなサービスを無料で受けられるのだ。それらは、ほんの数年前には目の飛び出るほど費用がかかることだった。
 

産業経済の主要生産要素の価格がこれだけ速く、長い間落ち続けることは歴史上類を見ない。これが単なるマーケティング手法や内部相互補助を超えた新しい形のフリーを推進している。この三つのテクノロジーに関するコストは限りなくゼロに近づいている。
 
 
 
 

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1970年代、ゼロックス社のパロアルト研究所で働いていたアラン・ケイはコンピューターの概念を発展させて(ダイナブック構想)、ディスプレー上が魅力的になるようにシリコンチップをムダに配置した。
 

アイコンを描いたり、マウスでポインターを動かしたり、画面をウィンドウで分割したり、さらには、ただかっこよく見えるという理由で、機能のないアニメーションを加えたりした。
 

浪費をして、見て楽しいものをつくる目的はなんだろう。それは子どもを含む一般の人にコンピューターを使いやすくすることだ。ケイのGUIの仕事は、ゼロックス社やのちのアップルのマッキントッシュにインスピレーションを与え、一般の人にコンピューターを開放することで世界を変えた。
 

技術者の仕事はどんなテクノロジーがためになるかを決めることではない、とケイにはわかっていた。テクノロジーを安く、使いやすくし、誰もが使えるようなユビキタスなものにして世界中に普及させ、あらゆる場所に届けることだ。それをどう使うかはユーザーが決めればいい。
 

ケイはコンピュターを民主化する方法を示すことで、ムーアの法則がガラス張りの部屋の中だけでなく、各家庭や車やポケットの中でも実現するようにした
 
 
 
 

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グーグルはフリーの周辺にビジネスモデルを開拓しただけでなく<クラウド・コンピューティング>というまったく新しいコンピュターの使い方も発明した。
 

それまでユーザーが自分のデスクトップで作業していた機能を「あちら側(クラウド)」にあるデータセンターにどんどん移していき、ユーザーはブラウザを使ってオンラインでそれにアクセスして作業するのだ。
 

これらのデータセンターは、情報処理速度、通信帯域幅、記憶容量という進歩する三つのテクノロジーの相乗効果を受けている。新しいデータセンターのコンピューターはどれも既存のものより速く、ハードドライブはより多くの情報を蓄えられる。
 

グーグルが建てるデータセンターは一年半前のものより、コスト当たりの能力が二倍になっている。その結果、グーグルがユーザーにGメールの受信箱を提供する費用はおよそ半分になる。ユーチューブで三分間の動画を楽しむコストも同様だ。
 
 
 
 

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シュミット(グーグル会長)はテレビ番組を例にあげる。私たちが人気ドラマ『ザ・ソプラノズ』の製作者だとしよう。まず、どのようにそれを配信するかを考える。たまたまHBOに友人がいたので話をもちかけると、彼らは自局で放映することに同意し資金をだしてくれた。
 

そこで私たちは放映前に注目を集めるためにブログが必要だと考える。放映が近づくと、メディアに取り上げてもらうべくPR会社を雇う。そしてオンラインで盛り上げるために、フェイスブックやバイラルビデオを使うだろう。放映開始後はツィッターでプロットを更新していく。
 

それから日曜日に放送される本編に入れられなかった映像をユーチューブにアップする。撮影にはたくさんのフィルムを使うので、余分に公開できるシーンもあるのだ。さらに感心を引くべく、未公開シーンのどれを本編に入れたらよかったかを視聴者に聞く。
 

そいうことをしながら、私たちは『ザ・ソプラノズ』の中心となるアイデアを探しだし、それをニッチな関心を持つあらゆる視聴者に届けるのだ。この中で収益をあげられるのはHBOの放映だけだが、他のすべてはその収益化の成功に貢献する。これが最大化戦略だ。